不登校というのは、随分変わったように思う。80年代は精神的病気、90年代はぼちぼち認められてきたかなという感じ(もちろん大変だったが)
そして2000年代は、色々なチョイスが増えてきている(でも、もちろん個々人の大変さを否定はしない)
 ある意味では、本当にデーターを知ったりすれば、フォロー団体を探せば悩む必要がかなり無いというレベルまでになってきている都道府県も一部ある。もちろん、最初はみんな狙って不登校になる人は少ないから、20年前と同じように悩む家庭も多いけれど・・・。今は、気づいたら、色々と、動きやすい時代だと思う。情報も多くなっている。
 ただ、昔と違って大変な所は、不登校はともかく、その後の仕事が大変なのだろうと思う。日本自体が豊かでなくなってきているので・・・バイトなどを探すのは色々と、昔と違って大変かもしれない。
 時代が変われば言葉は同じでも、中身は徐々に変容する。そんな事もあるのかもしれない。
 僕も、振り返れば、不登校をしてから今年で20年たった。なんとも速く、そして、長い時間だったと思う。

7/27日



 最近、人に間違っているというのが辛い。また、ミスであっても、指摘するのは心苦しくなっている自分がいる。
 というのは、自分には、ありとあらゆる汚い気持ちがあるのだという事が分かったからだ。意外な事だけど、自分は色々な否定的なひどい気持ちが心の中では渦巻いているという事が、最近分かった。もちろん、そのような感情と同居しているという事を認めるのは気持ちの良いものではない。というか、正直は辛い。汚い自分も自分であって、離れようがないから。
 当然、この感覚を感じるようになってから、今までは、強烈に、こんなやつと僕は違うからと、強固に相手を否定、攻撃していた僕が、そういう気持ちも自分の中にある。似たようなものだと思うと、強固に否定できなくなった。また、立場が同じなら、同じ事をしたのではないか。そう思うようになった。みんな、色々な事情を抱えて、いろいろな事をしているから。やむをえない場合もあるやなぁと。
 といって、気持ちが分かるという感じで、なぁなぁにしても良くない。だから言わなければとも思う。だけど、以前ほど切れがない。それを言うのも嘘を言っているようで、自分も傷つけているようで、辛い。言う資格がないのに、自分だけ正しいように言っているという感覚になるから。偽善ぽく感じるのだ。
 本当に不思議な気持ちではある。一体どうやって、折り合いを付けるべきなのか。はたまた、妥協するのが良いのか、割り切ってしまえば良いのか。客観視して、強く相手を糾弾したほうが良いのか、ケースバイケースなのか・・・。最近、答えが出ない。あるいは良い落としどころが見えない。また、それが苦しい。丁度良い感覚を見つけるのは、時間のかかる事だとは思うのだけれど・・・。一体、みんなは、自分が知らない自分を知っていて、生きているのだろうか、それとも気づかずに生きているのだろうか。あるいは、知っていて、うまく調整しているのか、仮面を付けているのか。どうやったら、客観視できるのだろうか。興味が尽きない。

7/17日


更新は
2年ぶりになってしまった。正直、誰も見ていないかも知れないなとも思う。本当に、いろいろとこの間あった。仕事漬けの日々だったので、今思うと、本当に、ゆとりを愛する僕としては、朝から夜遅くまで、休日なしで本当に良く頑張ったなと思う。よく過労死をしなかったと感心する。そして、4年近く働いた仕事を辞めた。本当はやめたくは無かったが、いろいろと複雑な事情があり、辞めざるを得なかった。自由に生きれないならば、相手にも失礼だからだ。身体にも無理の連続だったようで、しばし寝込んでもいた。今思うと、多大な迷惑もかけたが、何万分の一程度は、地域に還元できたとも思う。
 ただ、振り返って多くの方に迷惑をかけたのではないかと、それは気がかりです。本当に、無茶をしていた気がするから。ゆっくり休んでみて、初めて、いろいろとみんな良く、温かく受け入れてくれていたと感謝してしまう。もっと、冷静に考えれば最善を尽くせた事もあっただろうし。いやそれよりも、もっとできることがあったはずだと思ってはいる。ベストを尽くしたつもりがベストではなかった気がする。それが何よりも、申し訳ないことだと思っている。
 これから、僕ができる事は、精一杯、自分の周りでできることをすることだと思っている。それと同時に、しばし、自分の生き方を考えてみよう・・・・。そう思う。また、この場にアップできるものは、以後のせていこうと思う。以後もゆとりがあれば・・・。 

 7/5日



 更新が一ヶ月に一度程度になっている。 正直いけないなと思いつつ、体調もずっと優れない。おかしい。
僕は正直言うと、日々多くの失敗をしている。反省することが大きい。酒も体調不良ももちろんだが、それもあって辞めた。ストレスとの付き合いが下手だったという感じだ。今思い返しておおくの人に迷惑をかけただろうと思うといたたまれない気持ちでもある。
 何せ、素面で酔っ払っている人を見ると、自分もきっとあれ以上の普段だったのだろうと強く反省する。と同時に今までの自分がいやになる。人間渦中にいるときは気付かないものだと心から反省する。誰に迷惑をかけたか今となっては具体的に分からないほど多いだろうけれど、多くの方にごめんなさいです。心から。
 ここしばらくは、素面のまま飲み会に行くと、自分が今の仕事を続ける価値があるのか相当悩んだ。正直、物心ついたときから飲んでいたから、酔っ払いがこんなに酷いとは知らなかった。とにかく、飲み会に人を誘ったりしたり、議論(かなりよってる人を見ると口論だったのかと今になって思う)したことも心苦しい。何かあったら誠心誠意謝ろうと思う。というか、言われたものには色々、謝っている。多くの人は良くある話とは言うものの、酔いからさめた世界では常に酔い続けていたに等しい僕には過去がとても辛い。
 とにかく、今の僕に出来ることは、せめて、現在の仕事に、酒を飲み過ぎたと言う失敗を繰り返さず、教訓を生かすことと、誠心誠意仕事にかけることだと心から思っている。というわけで、僕は全く、失敗が多くとんでもない奴ですが、とんでもない故に、せめて精一杯やりたいと考えている。
 9/14日  2005
 



久々に更新する。といっても、書く事が出てこない。日々忙しいという感じ。まぁ、書くほどのない私事だが・・・。
 最近は死ぬのが怖くなってしまった。つい先ごろまでは何時しんでもかまうものかと思っていたけれど、死んだら本当のところどうなるのだろうなどと、考え出すと怖い。まるで5歳の頃に戻ったみたいだ。とても怖いのだ。
 ただ、この感覚があるというのは、それはそれで今までより暮らしが、平和で穏やかなのかもしれない。学生時代、常に死を考えていた頃というのは、とても心が苦しかった。多少年を食って、何時死んでもいいなと思っていた時は、めちゃめちゃ忙しかったし。
 そう考えると、今がいいのかもしれない。あるいは体が不調なためなのだろうか。しかし、この恐怖感のお陰で、無茶もしないし、あと数十年は生きようという気になっている。というか、体を労わるつもり。良いに悪いはつくものだ。
 ともかくも、こうは書いているが、何時死んでもいいというのは、死ぬとしても悔いがないという感じです毎日生きてきたという感じ。。誤解ない様に。
 
 これらを読まれる方は決して自殺などをして欲しくないなと思う。人間どん底と思っても、必ず良いことが来るし、何より、悲しむ人は必ずいる。僕の経験からそう思うのだ。それに、ゆとりが出来たからかもしれないが、たまに自殺したという話を聞くと、さほど親しくなくても、一月ほど落ち込むし、顔をあわせていると、ショックがひどい。結構、こんなことなら死ぬ前に言って欲しかったと心から悔やんだりする。親しい人も自殺したが、今もって落ち込むくらいだし、半年くらいはあれまくっていた。それも身内ではないので身内だったらどんなだろうかと思ったりもする。つまり命はかけがえがないほど大切で重いということが言えると思う。
 ついでに、自殺は死に際がとても見苦しい。あまり楽には死ねないものだし、死に切れなかった連中はとても言葉にならない苦しみだったという。僕もそう思う。死んだあとに膨大なお金も遺族にかかってしまう。
 だから死にたいして、計画的であるならば、その勇気があるなら、誰かに打ち明けて欲しいし、せめて10人くらいには打ち明けて欲しいものだ。恥でもなんでもないのだから。激痛に比べれば何ほどのことでもないと思う。
 一人くらいはきちんと受け止める人は絶対にいると思う。もっとも、曖昧に言うのでは伝わらないのではっきり、悩みは行って欲しいなと思う。
 よく人に冷たいといわれる僕ですら、こうであるから優しい人では必ず受け止めてくれるだろうし、僕のような冷たいものでも縁の薄い人間の死でもショックを受けるのであるから、必ず大切に思っている人がどこかにいるといえると思う。
 なんだか、生と死を考えるこのごろである。  7/27日
 

 最近、体調が優れない。吐き気と、ムカつきと貧血のような症状が続いている。年かも知んない。ということで体力なく更新が全く出来ていない。
 僕は、色々と失敗をしている。正直、何でこんなことをしてしまったのだ・・・・と悔いる失敗は多い。物凄く恥じ入ることも多い。取り返しがつかず、死にたいと言うほどの気分にさせるものもある。
 このような出来事は自分のことだが、突然に襲ってくる。後々になって考えると、そうならざるを得なかった必然に気付くものの・・・。その時は自分でも気付かないということがある。後後愕然とすることがある。 相手に対して、とても申し訳なく、恥ずかしいと言う思いが強い。
 相談に関わっている立場で、他人のことにあてはめると、善悪を超えて責められなくなるなぁという事がある。昔は、何も失敗しなかった頃は善悪で、悪は悪だと言い切れた。しかし、この立場になり、失敗を重ねる。また意図せず人を傷つけたりすると・・・人というものは、元から狙って悪を起こすと言うことはなく、魔がさしたとか、突発的とか、そんな気がないのに・・・傷つけたそんなことが多いのではないかと感じた。
 というのは、僕の場合は今はおくとして、全国へいったりして色々話を聞くととんでもなく、凶悪な話や、悲惨な話がある。ひどいものはそれは犯罪だと言う話の類もある。しかし裏には、加害者と言えども、物凄い、体罰やいじめ、虐待を受けている例がままある。そして、全く、これでもかと言う具合に救われていない場合すらある。よく、生きていたと言うるものであることが多い。そんなのを聞くと罪は責めるとしても、人は責められない状況というものが確かにある。また、本当によい人間で何故と思う場合がある。
 それらをみるにつけて、どの人でも環境や状況がちょっと、違えば加害者にもなっている可能性はあるのだ。そう思うと、単純な善悪の判断では人を見られなくなってしまう。
 もちろん、完璧ではなく失敗する自分、こんな自分が関わっていいのだろうかと、常に悩みつつという感じが僕にある。また、自分がやった失敗はとても恥ずかしい、申し訳ないものである。それもものは違うけれど、多い。ここでは情けなくてとてもかけない。以後気をつけて二度と起こさないとしか言いようがない。また、その失敗を生かすとしたら、このように人に対してほんの少し理解ができつつあるかもしれないと言うところだろうか・・・。

6/15日 


  


そろそろ何か、新聞にでも載ったコラムでも付け足そうと思っている。久しく、この欄くらいしか更新していなかったから。ごく少数と言えど、見てもらっている方に申し訳なく思う。  
 畑
に凝っている。正直晩年の趣味だと思う。しかし、田舎に引っ越すとやることがない。髀肉之嘆の生活である。だが畑もやると中々面白い。
 教育と似通っている気がする。同じような種でも、土壌によって芽が出たり出なかったり。わざと、肥料をやるところや水を与えたり与えないものも同一種の種で実験している(残酷とは思うものの、育て方が人に聞いても違いすぎて分からない面もある。そういういみでは沢山殺してしまった。罪悪感も感じている)
 肥料をやっても、それが元で枯れるものあり、やらなくて 死ぬものあり・・・。水にしても同じことが言える。同じように育てているつもりなのだが・・。衰えるものと伸び伸びと伸びるものがある。比べ物にならないが、あえて例えるなら非常に子育てと同じで難しい。
 だが同じ条件でも、成長がトップと比べ一ヶ月近く遅いという、種もいる。もちろん、芽が出ない間は、僕も毎日畑に顔を出すほど気にかけた。しかし、何も出来ぬ。些少その間心配であった。
 考えても見て2か3ヶ月で収穫できるのが野菜である。植物を人で例えればどうだろう。30年遅れ・・・くらいかも知んない。
 しかし、まだ夏前。まだ成長に間にあうのに、いらだっ者がいるとするなら、種ではなかろう。一斉に収穫できず、非効率を嘆く僕がいるだけである。しかし、植物にとって、そんなことは馬耳東風だ。遅いと言って、ひねくれる風もない。
 ただ、僕が芽を摘まぬ限り、切りもしないのですくすくと育っている。育ちの違いはあっても、野菜であるから、あとは適度に手をかければ遅くとも立派に育つであろう。
 ひきこもりならば僕の植えた種は、一番最初に芽を出したものと比べて、いうなら最後のものは30半ばから40才くらいででやっと芽が出ると言う感じ・・・。 だが、まだ、季節は冬でなく充分育つに間にあう。ひきこもりも、野菜を見ていると、間にあう気がする。
 もちろん、人間を植物とは同格には出来ない・・・。ただ40は、古墳時代の晩年であっても、現代の晩年ではない。まだ盛りでやり直しは聞く。僕は、畑をしていて、人間も似たような面があるなと思えた。遅咲きの野菜の芽がたまらなく、いとおしい。
  5/20日


もう、30になる。不登校から、未だに不登校関係の居場所をしている。しかし、恥じ入るような失敗が本当に多い。もう駄目だと思うときもある。だから人生に慣れると言う事は全くない。しかしその都度、何とか助けがある。もちろん、そんな時は不登校しているときと同じで、先なんて見えないほど辛い。甘い期待も抱けないときがあ。。しかし、無事生きている。時には失うものは大きいけれど、それ以前より、幸せになっている場合も多い。
 で、つくづく思うのは、幸福も突然訪れるときがあるし、トラブルも突然訪れるときがあるということ。まぁ、年とともにトラブルは、予見できて避けることが出来るようになる。(多分年とともに、トラブルが来るのが分かるようになるんだと思う。但、しっていても避けられない理由が出来るんだと思う。それさえ避ける勇気があるなら、殆どトラブルないんじゃないかと最近思う)
幸福は知らず知らず訪れている気がする。
 今、連休明けで、不登校に突然なって辛い人もいるだろう。けれど、必ず何とかなるものだと思う。確かに、人によっては、苦痛が一ヶ月で解決する人もいれば、数年苦しむこともあるだろうけれど・・・。でも、気付かないうちに、苦しみは減ったり、幸せが気付かないうちにやってくる。無理と思わず、希望や夢を見つけて欲しいと思う。思うことから、始まると思うから。
 もちろん、これはあくまで僕の体験、それも主観に満ちた体験でしかないのだけれど。死にさえしなければ、ほぼ全ては何とかなる気がする。
  5/13日


またまた5ヶ月ぶりの更新だ。最近は体調が優れない。体調が悪いと、心まで落ち込むのは、本当のことらしい。不登校のときもそうだったなと思い出す。心か体、どちらか一つが低調すぎると、つられて悪くなる傾向がある。その意味では、不調もいいところかもしれない。
 そんな時は、劇的に物事を変えるしかない。もう体が言うことを利かないのは意外だった。というか今までの自分が自分でないと言うのは、ショックだ。
 でも、酒・タバコなど辞めることにより、きっと余剰金がでるだろう。健康にもなるかもしれない。趣味を開発したりもいいかなと思っている。失敗もしなくなる。自分を変えることが出来ると考えている。
 もっとも、早速、畑を楽しんだりしている。意外に面白い。田舎暮らしを悲しんでいたが、いい面もあるということに気がついた。
 今年は、のんびりと生きていこうと思っている。そうすればもう少し、ここもまめに手入れできるかもしれない。  2005/5/1日
 


一ヶ月近くまたしても時間が経ってしまった。正直最近ここもそんなに手を入れていない。見に来られる方に申し訳ないと思っている。しかし、それでも来てくださっている方にはありがとう。
 僕は、最近なんでもうまく言っている。思い通りの人生になっているといっていい。毎日そこそこ楽しいし。夢もかなう。ここ一番という勝負のときも必ず勝つという。まぁ幸運だと思う。
  こうかくと無論、反論もあるだろう。もてていないし、金も無いじゃないか・・と、僕の友達なら言うだろう。でもね、それは当然。死ぬほど追い求めてはいないし、死んでもいいとは今は思えない。あったら助かるし、ありがたいし、よいなって程度でしかないから。ふられてもそんな思いじゃ仕方ないなと思ってる。だから、好機を逃がしているだけなんだろうと思っている。一番の目標じゃないから。
  そういういみで言うと、何か、毎日が面白いけど、思いのままになるけど面白くないというか・・。そんな気分にとらわれている。
 一体、本当は何を,真剣に命懸けでやりたかったのだろうか。と、最近は自分に問い続けているという感じだ。何か、ただ毎日楽しければいいというだけで生きてきたわけではなく、何か違うという気がする。一体なんなんだろうか・・・。また自分探しが始まりそうな感じの今日この頃です。   10/23日
 
 


 実験動物かい!!。そう思えるときがある。数々の論文を読んでる時だ。みていると不登校児への取り組みと反応とか、回復の事例とか・・。とても複雑だ。僕達は別に、ただ学校へ行かないというだけだ。なのに、深刻な問題でもあるかのように対処されるのは、読んでいて辛い。世間一般の人が、人と付き合っていて、その暖かいまなざしが実は研究されていると思ったらきっといい気はしないだろう。正直な話し、いろいろ調べれば調べるほどそう言う立場が一面では強い気がする。なんでだろうなぁと思ってしまう。一部の研究者や教育者といわれる人達の視線がこうであるなら、ある意味では心を開きにくい人もいるんじゃないかって思ったりする。僕は無理だッたなぁ昔。
 研究したくない。そのような思いが常にあるから・…。出きれば講義は人任せが好きだ。と言うのは自分の体験で語れる事といえば精々一こま。2コマと言う程度だと思うからだ。もちろん、研究とか本の引用とかすれば100コマでも話せそうな気がする。だが・・・どうも仲間を売り渡すような後ろめたさを感じて、どうしてもできない・・・。僕は元々、酒でも飲んで仲間達と戯れているというのが一番しょうにあっているのかもしれない。金さえあればだが…。と言うわけで下手な講義になるのは御了承いただきたい・・・・。
 5/6日








 体とシステムどちらが大切なんだろうか。体が大切で社会が悪いからといっている人達の言い分も分かる気がする。体に合わせるなら、夜型の生活が体によい訳がない。成長期の子どもには特に。大人でも苦しい場合がある。そう言う意味では社会システムも悪いのかも。とはいえ社会その者が夜もあり、何でもありな生活パターンになっている。また便利であり、今後新しい生活の可能性もある。最早、変え様のない一つの生活スタイルなのかもしれない。
 今の社会を変えようとしても、無理な事である。というのは少数では変え難い。自分たち自身も社会を作っている面がある。結局はマクロ的に自分で判断する。また自衛して行くしかないのではないだろうか。というのもコンビニなどのシステムも無ければないで、対した事はない。だが社会的な失業問題になるだろう。それに対する解決策がなければ、体を守って命を無くす事になったりするかもしれない。子ども自身も、親自身もテレビが悪いといいつつ夜遅く見ている。
 もっと大局的に見てみよう。江戸時代の人達は大量の重量を一人で持ち、また、持たずとも何十キロも当然のように歩いた。今は、それが無理だ。出きる人はごく僅かだろう。 体も変わったが、社会も変わったからだ。仮に出来たところで、効率が悪すぎて意味がない。逆に江戸時代の人にとって今の規則正しい生活でも、体を駄目にしているととるかもしれない。そう考えると、何が有害で有用か、応えの出せる物もあるが、一概に社会が悪いとばかりも言えない物も多いのではないだろうか。また、体の為にと言うものも、案外その社会がその社会に求める体やシステムを求めているのではないだろうか。本当に体にいい事は・・・。良くわかんないけれど体の欲求を聞き、適度に楽しむ楽しめるという事が一番言いのではないだろうか。無論、道徳とかはここでは述べていないが。4/29 

 時代が変わった。と言うか、変わらざるをえない時代だ。経済がそれを示している。とは言え、しばらくは古いやりかたのまま突き進むんだろうなぁって思う。経済も、まだ大量生産をして高い物を売りつけたりしている。それでは、買われる訳がない。それはわかるのだが、突き進むやり方しか思い浮かばない人が多いだろうなぁ。頑張ればなんとかなる時代じゃない。それはつまり、方向の間違ったほうへ突き進むのだから犠牲の大きさが予想される。
 そんな時代だから、不登校と言うものもがらりと、性質を変えて行く事だろう。経済が不登校を生んだ面もあるのだから、それは避けがたい。というか、10年後には問題になっていないと感じる。別の意味では問題でありつづけるかもしれないけれど。とらわれている人達だけが、古い不登校の考えと共に淘汰されて行く気がする。なんといっても、この世界は考えが古すぎるから・…(^_^;)もちろん、若い人達の考えは柔軟だから、それを取り上げているんじゃない。僕らや僕の上の世代の人達、まぁ子にたかっている連中の話しだ。特にたかりまくっている連中はどうしょうもないだろうなぁ。
 4/15日 

時代は,確実に変化してきている。僕が10代の頃と比べても不登校の世界はかなり変化している。昔のような深刻さはあるにはあるが,大分変わってきた。いろんなサポートや場,世間の目が温かくなったからだ。来し方を顧みると隔世の感がある。また、若者達も富山でいろいろ語る世になってきた。そろそろ、僕もそういう意味では当事者としては,化石・老境に差し掛かったといえるかもしれない。全ては夢のような時間だった。多年富山でやってきた骨折り甲斐はあったともいえるかもしれない。傲慢といわれようとも、やった自信はある。最早,譲れる所までこぎつけた。後進もそろそろ動くだろう。
 今後,僕はどういう生き方を進むべきか、自身で悩んでいる。全てをかけ尽くしたので、他に生きる才能がないからだ。一過性の問題に長く関わったつけが、今僕に襲いかかろうとしている。そういう意味では、僕は、ずーッと新しい問題・地雷原を走りつづけなきゃいけないのかもしれない。叶うなら平凡で後続をのんびりと歩きたかったのだが…。そうすればもう少し春の桜の美しさなどを愛でながら・・・という事も可能だったかもしれない。とにかく、新しい生き方か、古いやり方でも、若い人の邪魔にならない隙間(得てして未開で、とんでもない成功と、トラップも多いのだが)を生きていくしかないのかなぁ…。少し考える時間が欲しい。

 4/5日
 やっと、おおよその仕事が終わった…。といっても細かい仕事が残っている。後はこの厳しい御時世に仕事を探すだけ…。という感じだ。だが、そう言ってもやることは山積している。
 そんな僕は物心ついたときから休んだ記憶がない。 もちろん不登校をして、仕事も行かず家に閉じこもった。外でも飲み歩いたりもした。だから,充分休んだし,遊んだでしょ。という人がいる。だが、白い目で見られたり,期限を切られての生活で,和んだとはとても思えない。外でも少しの音に怯えねばならなかった。そういう事をした僕も悪かったかもしれないが・・。いろんな人の顔色に怯えていた。20を越え,ある程度自分に自信がついてもかく在らねばならぬと、生きてきた。人から見て、不登校のエリートだとしても,なんの才能もない僕にはそう生きざるを得ない時代だった。その中での無理はかなりしてきたつもりだ。物凄く耐えていた面もある。だから、今もいつも夜遅くまで無給で働いている。人から見たら,これも遊びだろうなぁ…。傍目ではあそびまくりだが、人が思うほど休んでいない。
 望むべくは,生活にも何者にも煩わされず,南の島で好きな人と1週間,温泉にでも漬かりながら,酒でも飲めたら…。と思っている。遠い夢だとは思うのだが。せめて一度でも,叶うならばと思う。
    4/3日


  戦争中の話。日本の軍隊は夜,鉄砲の先につけた剣だけを頼りに,機関銃や大砲がたくさんあるアメリカの陣地に突撃した。もちろん、無謀と良く言われる。当然,多くの兵隊が死んだ。結果としても戦争には負けている。
 資源も補給もない戦争をしていた日本では,他に弾がないから合理的な手段がない。だが、とても限定的な面で合理的だったと言う。
 と言うのはアメリカと戦争する前、それまでの事例では,多く兵隊が死んでも信じられない話だけど、夜間機関銃の中を,相手の陣地を突破とか,撃破したという。相手の意表を突き、勝ちを何度か収めてきている。人間の予備は幾らでも確保できると言う見方もあったようだ。9割死傷しても,僅かでも勝てる見こみがあったら斬り込む。勝てればよいのだ。もちろんまともな戦争にならないのは、少し頭を使う指導者なら分かったはずだ。だが金がない。したくても出来ない。無論,現在の一部で言われているような命は地球より思いなんて価値観はないとしても・・・。
 僕は現在,非常識とか、人の迷惑を考えない、と人に良く言われる。無論,アポなしでいろんな人のところにいったりするからだ。服装が余りにもボロボロなのはよく分かっている。でも正式な手段で人と会いたくても,会って頂けない。それほど身分がない。情けない話だが,たいていは相手の意表を突く面会方や手段にならざるを得ない。
 このやり方は僕にとっても物凄いデメリットと時間・精神的な損害が多い。正直,いままで辛くて眠れないほど罵倒された事もある。穴の空いた靴や服に関して指摘されないわけでもない。もちろん僕もやるまえからデメリットが多いと分かっている。だが手段がないのだ。下策と思っても,僅かでも成算があるならやるしかない。可能性にかけて。
 わかってほしいのは、僕だってそこそこの物資があれば,なにも無礼な事をせず,堂々と礼を尽くしてやる。と言う事だ。補給が違いすぎれば,ない中で合理的にやるしかないのだ。
 子どもたちも、あるいはお前は出来ないと言われている。否定的な見解や障害が強い。だが適切なサポートや潤沢な金があれば,おおよその困難は軽く克服できるのではないか・・。と、考えると,日本の軍隊を笑えないなというきがする。少し感傷的になっている。
 3/21

 最近は忙しすぎて,無気力になってきている。やばい事だ…。わかっているけれど自分の事は,中々手が打てないものだ。手が打てないだけに,気分転換を勤めてしている。焦っても仕方ない事だから。僕の様に毎年,トラブルや落込む季節が決まっていたら、季節事に手を抜けるようになる。なんとなく、ヤバイなってわかる。だから焦る事は滅多に無い。
 ただ、新しい問題はいろいろ起きる。そう言うのは,気づかずに進行しているものだ。だから自分の調子の限界を越えると大変に混乱する。だけど、それすらも今はいろんな人に相談できる。また逃げ込む場がある。数日苦悶したら解決する。
 だが,やはり、動きたいのに動く意欲がでない事は苦しい。周りの人達が悩んであせりまくる気持ちは少しは、わかるつもりなんだけどなぁ・・・ 3/13日  

美しいとか、愛するとか・・・・。色んなややもすると綺麗な概念で捉えられがちな表現があるけれど…。本当に主観的だと思う。客観性が全くない。人によっては、自分が美しいはずのものがとんでもなく、醜い可能性だってある。愛と言うのも言われて喜ぶ人と、重荷に取る人もいるし、だいいち、愛とは何かもよく分からない。そう言う誤解し易い言葉を多用すると、こんなはずじゃなかったと言う、結果や失敗に繋がる気がする。特にビジネスではそうだろう。勤めて客観的な情報処理と数字が要求される。
 そう考えると、教育は訳のわかんない、愛とか友情とかという言葉がやたらに多い。コストと言うのも度外視する人もかなり多い。こいつはとんでもなく、危険というきがする。愛は押しつけを強いるし、美しさは汚いものと思われるものや現実を見ないことにも繋がるのではないだろうか…。
 もちろん、愛とか美しさがあって良い世界はある。2人だけの世界とかそんなんだったら、二人だけ分かっていたらどうでも良いって思う。ただ、考えが違う人に主観的な言葉を話すのは危険だ強く考えるようになった。
 1/20



今年もよろしくお願いします。どこまで続くか自信がないですが,燃え尽きるまでやって見ましょう。かなり,やばいのは自覚していますが。
 それはともかく、僕はへそ曲がりなのかもしれないけれど、言葉より態度が,行動が必要な時代じゃないのかなと,そう思っている。もちろんその行動に責任をとる事も。
 と言うのは最近はみんな口だけで,上手くやっている人が多い気がする。もちろん、少しの行動もしているけれど。ただ,見た目とか上辺が重んじられている気がする。まだ。学歴のある人で,重要な地位についている人の実のない一言をありがたがったり。あるいは・・・。
 もちろん,言わなきゃ伝わらない。気づかない。と言うのはあると思う。だけど,僕は口が下手だ。態度や行動で理解してほしい。そういうきがする。と同時に,下手なりに口だけで上手く丸め込む自信もあるけれど,そう言う事はしたくない。どうか、今年も朴訥と馬鹿な行動や態度を取りつづけるだろう。それが一番,いい気がする。また、それを理解してくれない人達は,説得はするがだめなら仕方がない。まぁ、いつもの調子で動いていくと思います。よろしく温かく見守っていただければと思います。お願いします。
1/5 


 今年も終わる。振りかえると激動の年だった。色々暇人なのに,帰りが午前様か帰れない事も多かった。でも、まぁなんとか生きてこられたし,それを考えると良い年だったと思う。色んな不良債権も一部清算したし,清算中でもある。来年にかける種を色々まいといたから,来年は飛躍できるだろうと思う。と言うか,そうしないとしんじまうからなァ…。貧困死だけは御免被りたい。金持ちか死かという年になりそうな予感である。
 価値観は急速に僕の中で変わっているし,僕以外に不登校と言うものも変わっていくことだろうと思う。そうしないと生き残れない。多分に面白くもあるし,辛くもあるだろう年だろうな。来年も、今ごろ暖かい部屋で飯を食ってのんびりと過ごしたいものだ。 
 最後に今年も飽きず読んでくださった皆さん。有り難うございました。色々助けられました。良いお年を!
 12/30 



 東京へ行って来た。色々な人に会って思うのは自分の事だ。10代のときはなんでも出来るし、ある程度知っているつもりだった。それがここに来て何も知っていないし、自分の力一つでは何もできないという当たり前なことに気づいた。10代のときは案外みんな暖かく見守っていてくれたのかもしんない。そう言う気がしてきた。無論、今でも温かく見守ってもらっているのだが…
 だから、と言う訳ではないけれど現在の活動をこのまま続けるのはどうかなァというきもしている。自分がしっかりしていないのに、周りのことをどうこう言える資格もないし、説得力もない。また、周りに迷惑ですらあるだろう…。そう考えると1度、手仕舞いして自分を見つめなおしてから再度、と言うのも悪くないのではないだろうかと言う気がしてきている。自分がしっかりしなければ共倒れと言う気がするからだ。また僕自身周りを見る余裕が急速になくなりつつあるのも事実なのだから。
 12/24 

色々,考えることが多い。僕自身、最近は様々な所ではなすが,年を感じてしまう。過去の経験を語るのは、そろそろ辞めにしたいと言うのが心情だ。若い人の前で話すのはとくに苦しい。僕よりも,よく今を知っていると思うからだ。その人達の前で語ったとて,なんになるのだろうか・・。よく悩む。と言って,人の事例や,研究と言う事で人のことを話すのはもっと嫌だ。と言うのは僕自身若いころに、色々研究されるのが嫌だったからだ。教科書に書いてあることは、話したくもないし,相手も読めばすむ事でもある。
 とか,考えたら文章も最近は真剣に書いていないし(書けない)得意でもなく,居場所での活動も他の居場所と比べるとお粗末な限りだ。ついでに企業でバリバリやる実力もない…。周旋の才能を生かすか,固執して文章や話術を磨くかだが…。それらも見苦しい。と書くだけゆとりはあるけれど(^_^;)
 だがかなう事なら,一〜二年ゆっくりと,山にでも篭って本とか読んで暮らしたいのだが・・・。そんなゆとりもない,時代というか、僕だし・・。何時になったら僕は遊べるんだろうか?遊んでこそ,人生を見るゆとりも出来、柔軟で大胆な行動をする体力も出来るのだが。今の所は体力や気力の消耗戦になっている。よくない兆校ではあるが,しばらく2週間ほど関東と,関西で遊びと勉強してくるので変化すると思う。
  12/12


プラス思考。一時期はやった言葉だ。考えて見たら、悪い言葉じゃない。だが、僕は落ち込んだり、悩んだり悲観するのもたまには悪くないかなと思ったりしている。悩むからこそ、楽しさが分かる。傷つけられた痛みがあるから、人も傷つけない。他人の苦しみにも共感できる土壌も持てる。マイナスこそが,プラスになる場合があるからだ。
 更に物事には同時に長所と短所がある。賞を取るのは良い事ではある。しかし、重責が以後ついて来たり、孤独な判断を強いられる事もあるだろう。それは良いとして、周りがおべっかばっかりという、付き合う人間が変化する恐れもある。そうみると短所かもしれない。あばたもえくぼと言う。なんでも良いと思ったら良いという事だ。
 プラスに考えると言うのはお気楽になれて良いが、やっぱり、プラスもマイナスも兼ね合わせて冷静に判断した上で、お気楽に生きたいものだし、それでも,心の中から沸きあがる不安があるなら,無理にプラスに考える事もおかしいかなァというきがしてきている。そのときの気持ちに素直であると言うのが一番良いのかもしんない。
 12/1日




 「剣はどんなに学んでも一人を倒すのみ。万人を倒す方法(兵法)を戦争するなら学びたい」と、中国のある英雄は言っている。日本の戦国時代の武将も「槍を使った戦場の働きは、雑兵の仕事で大将がする事ではない」と片付けている。重要な示唆のような気がする。
 顧みて最近はカウンセリングとかを学びたい人が多い。もちろん,食えると言う事はあるだろうけれど…。それを抜かしても人付き合いの基本は一対一。多数を相手にしては人の気持ちなどわかるはずも無い。人間関係の希薄な現在、個と個のカウンセリングの必要性は僕も分かる。僕も基本としては顔の見える個人との関係が好きだ。
 でも一対一の関係では、カウンセリングみたいなのでは限界があるのだ。多くても精々1度に同時に話出来るのは5人くらいだ。しかし、苦しんでいる人は同時に5人というのはちと苦しいかもしれない。また苦しんでいる人も加速度的に増えている。どんな優れたカウンセラーとて500人の人は見る事は出来ない。見たとしても薬漬けしかならない。
 となると、これから必要なのは,そういう人達の存在もそうであるが,万人の人がすべからく,辛くない生きかたシステムも考えないといけなくなるだろう。また,万人に対する事をもう少し学ぶ人が増えてもいいのではないかと考えたりする。その一つとして僕は経世済民の学を学びに旅をしょうかと考えている。失業する事だし…(^_^;)  11/25日 



 僕は富山人だが,その前に高岡人でもある。それ以前に人でもあるけれど。高岡人というレベルで書くならば,僕とても郷土の事を忘れた訳ではない。正直,高岡しでは余り良い待遇を受けなかった。とても僕には冷たい土地である。が、それなりにお世話になってきた人もいる。なので高岡でも居場所を冷たい土地であるからこそ作りたいという思いは強い。その気持ちに偽りはない。ではあるけれど僕は手一杯だ。
今やっている活動もある。
 高岡に住む人間が中心になって居場所を作るならともかく,これ以上中心になるのは破滅的ですらある。高岡人は僕に冷たいというが,お門違いだと感じる。自分たちである程度場を作るべきだ。そうでないなら応分の援助を僕にして呉れないと距離がありすぎて、関われない。
 決して郷土と言うものは忘れるものではないが、だからといってすべて頼られるものも困るのだ。気持ちは充分にあるのだから。
11/19日


 僕は最近、望んでいないが「先生」と言われる事も多い…(^_^;)どうやら、世間様には先生に見える?らしい。全く迷惑な事だ。しかし、それで思い出すのはサンピン侍のことだ。
 武士と言えばみんなは多分時代劇の影響で立派な姿を連想するかもしれない。だけど、それは高給取りの武士だ。武士身分でも御大名から年間3俵と毎日5合の米しか支給されなかった、武士もいる。時代劇で言われている「サンピン」というのはそんな三俵一人扶持の最低の給料を貰う侍のことだ。当然、それだけでは食えない。暮らしはこじきに近かったかもしれない。だから内職もする。、貧窮のどん底みたいな物だ。町人のほうが余程暮らしが良かったと言うし。それでも武士は武士として、貧しいながらも体面と誇りはあったと言う。また、清貧を守る武士を庶民も尊敬したと言う。
 僕も非常勤と言えば高給取に見えるが実際食えない。サンピン講師だ。だからバイトしている。周りだけが勝手に先生と言っているだけだ。当たり前だが全く偉くない。僕が武士と違うのは誇りが全くないと言う事だ。なんで、それを知ってもらって先生扱いはしないでほしいなぁ。どうせ食えないのに、先生の体面を武士の様に維持すると、ほんまにくわねど高楊枝になりそうだし。そう言うのは嫌だ。ろくなこと教えてないし、逆に教えてもらっているほうなんだし…(^_^;)。そう言う意味では講師と言うものも、町人が金で武士身分を買った様に、功なり、身を遂げた人がなったほうが良いのかもしんない。あるいはもっと、高給を呉れればいいのだが、そんな事は逆立ちしても無いような気がする。

11/12




東京へ財団の報告会と結婚式を兼ねて行って来た。財団については先進的な会長と知り合えたのはとても良い事だった。まだお礼のメールすら出せてないが…。結婚式も良かった。最近は暗い話が多いので、幸せな人達を見ているとこちらまで幸せになるから。とても嬉しい。僕も叶うなら楽しい華やかで金になる職業が向いている気がする。というか、そう言うものは誰でもするか。
 ただ、東京は圧倒的に人材が多い。面白い。昔の例えじゃないけれど、弱国は1つ作戦が失敗しただけで滅亡するが、強国は10回失敗しても痛手にもならない。という例えは不登校ではその通りというきがする。ほんまに都会は層が厚いし、人材がいる。あれだけの人材が富山にいれば…と思うがそれは無理な話だろうなァ…。みんな都会に出て行くから。こちらは企画を建てるのも宣伝も運営も何もかもほぼ一人でしなきゃ行けないし…。とても何か出来る状態ではない。もちろん手伝ってくれる人がいるからまだなんとか、死に体でも維持しているけれど(^_^;)。僕自身どうしょうもない無力感を感じてしまう。というのも週に4日はボランティァみたいなもの。それ以外の日で僕は僕を食わせなきゃ行けないし。休む時間が極端にない。ネットワークをどう築くかが課題かもしれない。
 ただ、腕には憶えがある。田舎で色々やっているから、多分都会の業界人と同じ条件だったら絶対人後に落ちない自信がある。せめて後5年時間があったらと思うが、もうそんなに時間がないのが残念な所だ。
11/7日 



鳥取と京都へ行って来た。一方は田舎,一方は都会。まぁどっちもよい所ではある。一生住んでも悪くないかも。食えたらだけれど。
 鳥取で感じたのは、下らない話しをしてきたのだが,皆さん真剣に聞いていただいてあり難いという事だ。ただ僕が下手なので、話しに取り残しが多い。なのでこの場で問い合わせていただければ幸いという事だ。宴会も楽しかったけれど,弥生町行けずにほんまにごめんなさい。お金持ちになれたら,何時_日か行きたいと思います。心から。
 京都については色々,楽しかった。天下のT・忠一朗大先生を始めとして多くの人々とやっぱりお決まりの宴会をした。都は楽しい。ついでに面白い。先生には服とパンツ頂いたので大切にしょうと思う。一生の宝だ。
 で、帰ってきて思うのは京都というのは色々,人が多い。これは人口以外,業界ではスタッフの支援という意味でも来る子の多様性と言う意味でも富山から見たら羨ましいに尽きる。だが、代表の立場から見たとしたらだが,あくまで僕が代表だったらという意味で考えたのだが。大変かもしれない。それだけトラブルの増加も多いだろう?。また,色々支援者がいるという事はそれらの人の意を汲まなければいけない、あるいは色に染まる事もあるのかもしれない?。気がする。
 と仮定したらだが,やっぱり僕のケンカを誰にでも売ってしまう性格。そして変人にしか熱烈に愛されない気質。更にどうしょうもない僕の服のセンス。プライベートで言うたらおねえさんにもてない,何か。そう言うのも満更、悪くなかったのかもしれない。中立的な立場で色々な人と付き合える。厄介事に対処する器量も僕にないから人がいないのは楽。ついでに身動きできる気楽さがある。物には良し悪しがあるもんだ。まぁ,今後は富山の良い所を見て,住むからには住もうかな…。と思えた旅だった。10/17 




 最近冗談抜きで酒が飲めなくなった。あんまり美味いとも感じなくなった。案外,楽しみ尽くしたのかもしれない。もちろん体が衰えてきつつあると言うのもあるだろうけれど。それよりも、少し飲みながらはなす会話が楽しい。そこで思うのは,遊びとか、放埓さについてだ。
 案外遊んでばっかりいる人間は,若い時は怒られる。またどうしょうもない人間に見える人も多い。だけど,ある程度遊び尽くしたと思ったら
きっぱり辞める。更正して立派になっている人も大人では多い。逆に年取ってから,遊ぶ人は歯止めが効いていない。金も力もあるようになるから傷も大きい。馬鹿みたいな飲み方とかしているし…(^_^;)。ケンカでも小さい時にしていたら、リンチで殺すくらいまでにはならないだろうし。小さい時は、まだ比較的力が無いから傷が浅いと言い易いかもしれない。(まぁ,更正しない人もいるにはいるが。)
 と言う訳なので大人はあんまり子どもに規制をかけるべきではないのではないかと言う気が最近している。ただ、物事の危険性は伝えるべきだろうけれど。色々経験する事で子の幅も広がる。学校の勉強などはくだらないものでしかない。規制をかければ親や大人自分が安心するだけだが,やりたいものは子は年をとってから遊ぶ気がする。あるいは抑圧する側になってしまう。そういうきがする。自由に生きた方が,いざとなると歯止めがかかるのではないかと言う気が最近している。また,スマートに遊べる気がする。そう言う意味では僕は,おねぇさんには気をつけないと行けないかもしれない・・・(^_^;)モラリストだから。
10/7日



お金が先か人が先か、それともシステムの構築が先か。色々居場所に何が一番必要か言われる。僕は今まで5年近く居場所に関わった。その経験で言えるのは人が一番だと言う事だ。信じられないかもしれないが,人さえいたら金はどれだけでも集める事ができる。というか、僕一人でもそこそこ金はかき集める事が出来る。その自信はここ数年,築き上げた。実績もある。
 しかし、居場所に人がいるじゃないか!と言われそう(^_^;)確かに、面子は最近沢山集まる。そいつは感謝しているし、楽しい。だけど一緒に動く,責任を取れる,責任持って行動する。と言う人間になるとまずいない・・・・。みんな楽しむ事が優先だからだ。まぁ,それは当然の事だ。また,居場所に楽しみに来る人に求めはしない。そうなると趣旨が変わるから。
 そう言う意味では身近にいて常に動けるという人間は千金の値がある。そうじゃなくても沈思できる人間、考えを即行動に移せる人間。そう言う人たちでもいい。 むろん、こう言う事が出来る人間は,たいてい暇人か、金持ちか余程の馬鹿しかいない。田舎の富山ではとくにだ。
 となると、やはり、金で有為な人材を引きぬくとか,損得がはっきり得にならないと人は来ない。また,そうでないと,僕一人の頭では面白い事も出来ない。
 だか肝腎の僕に経世の才がまだ無い。当分の所は僕個人の趣味と言う感じで居場所を続けるしかなさそうだ。当然,僕がこけたら、その時点で居場所が終了する事はご理解頂きたい。また個人的な趣味であるから、その範囲でしか責任も持てない。出来ない事も金を貰わないからしない。余り,過大な責任を僕に求めないで頂きたい。また求めるなら応分の参加か,応援を御願いしたい。

9/30 


 最近は不登校(最近はそういう枠じたいが全てを狭くさせている気がする)を考える場合,経済を無視して語る事は不可能だと考え始めている。というのも経済が豊かだったから現れた一面が不登校にある。戦前は学校に行っていなくても怒られなかったのは、親が子を見つめる暇すらなかったからだ。
 しかし今後すぐ世界恐慌がやってくる事だろう。これは数字を見れば事実だし,実際国債の価値の低下,株価の大幅な下落,大企業の連鎖倒産を見ていたらあきらか…。まぁ,今_段階だったら僕はキチガイと思われるだろうけれど。
 もう,不登校なんて行っていられない時代が確実に来るかと思う。ある面とんでもなく自由になることは確かだろう。親達が企業が潰れてそれどころではなくなるから。これはある意味では不登校に対する圧力が減るのを意味するだろう。だけど反面多分(予想と言う事で、信じて何かしたと言うのはなしにしてください。なんでも自己責任だから)その代わりのスキルがないと厳しい世の中になるかもしれない。生き死にのかかった時代になって行くような気がする。それまでにどう対策を打てるか,僕も考えている。

 9/23 


 富山県の不登校に関わる人達。そのインタビューを主にまとめたものが本になった。巨椋おさむ編・きんのくわがた社(名前を見たときはふざけているのかと思った)で「不登校の真実」(名前負けだけどね)と言う本だ。9/6日発売だったそう。
 本を読んでいると,口調が少しだけど上品になっていた。うーん・・。汚い言葉のほうが伝わるんだけどなぁ・・。と,読んでいて丁度深夜に2時ごろだったが扉をどんどん叩きベルを乱打するものがいる。丁度,ナイフのくだりを読んでいて,昔を回想していた。昔の復讐?それにしては早い!
 と思って咄嗟に臆病なので自然と料理用の出刃包丁を握っていた。いゃあ・・・恐かったなぁ。僕は巨椋せんせーや他のインタビュー受けた奴と違ってケンカは大嫌いだからね。今も昔もだけど・・女子高生にだって居場所で口ですら負けている。どうしょうもなく,弱い。
 恐る恐るドアを空けると、居場所に来ている連中だった。突入してきて驚いたけれど。ほんまに・・・こいつ等は約束もせずに突然来て,ドアを乱打するからきがきでないじゃないか!!それも、「暇だから邪魔しにきた」おいおい・・・勘弁して呉よな。そんなに暇じゃないんだょ。
 しかし、包丁を持ってしまったのは反省だ。昔頭になってたんだろうなぁ。別に相手には見えなかったからよかったものの・・・。今後はというか、しょっちゅう人は深夜来るけれど,気をつけよう。ただ,みんなもベルの乱打と,ドアをけったり叩いたりと、唸るのは止めてくれ!怖いじゃないか。近所にも迷惑がかかるし,住めなくなってしまう。せっかく安いアパートなんだから。
 しかし、富山県と石川県の人は出来たら本は読んで欲しくないなぁ。なんせ、多少言葉足らずで事実に微妙な誤差があるけれど真実。僕が今まで築き挙げた真面目で誠実で有能?という信頼が崩れそうで(^_^;)。買わない事をオススメします。図書館でも立ち読みもなし!
 とこんなことかいていたら、逆に陽明門から刺客が送られたりして(^_^;)まぁ、過ぎた話しだし,願わくはベストセラーにならず、人間違いでとばっちりを受けなければなァと思っている。僕は本当に弱いので、お礼参りとかこないでくださいね。皆さんm(__)m
9/9



 今回はここの相談掲示板が復活したのでまたご利用くださいと言う事。と言うか,掲示板では思いの丈を言い尽くす事が出来ないとは思う。だけどないよりはましかなぁと思ったりしている。もっとも、顔が見えない良さもある。なにごとも物事は諸刃の剣なんだけれど。それは仕方ない事なのかもしれない。悪い面をより使うか,より良い所を使うか。それは人様々なのだから。とにかく長所を生かしていきたいとは思っている。こちらも結構助けられる気もするし。
 あと、最近は健康が優れない。歳のせいかもしんないけれど。無理が利かないし,夜も遅くまで起きられない。正直に言えば,体は色々外へ出て活動的に見えるかもしれない。みんなそう思っていることだろう。だけど心は閉じこもりぎみかもしれない。完全に家に閉じこもるのも辛いが,こう言うタイプもあるんだなァと自分で、驚いている。中々これはこれで厄介で、しばらくエネルギーを充填するには休養が必要だと言う事はわかる。何処かで余裕を持つて休めないものだろうか…
 9/4日


 熟慮と即行動と言うことを考える。長期的な展望はともかく、短期決戦であれば・…。じっくり考える以前に、勢いで勝負がつくことのほうが多い。と言う気がしてきた。
 と、考えていると僕の知り合いの若い人達のことを思い出した。彼らははっきり言って馬鹿か無謀と思えるような、僕の経験則から言うと宜しくない行為をする。例えば偉い人達にいきなり「飯を食わせろ」とか・・・。とんでもない口の聞き方をしている。 しかし、意外に「面白い奴だ」と知遇を得ている事がある。あるいはもてていたりする。
 熟慮して動くことのほうが、却って損をするというか、時が逃げている場合がある。そう言う時、体験にとらわれている自分が馬鹿だと感じる時がある。しかし、長期的展望を考えると・…などと思ったりして、どっちが良いのかまだ答えが出ていない。なんせ、長期的展望を経てるにしても今が、ないと何もはじまんないから。僕も彼らに見習って、全て素の状態からスタートした方が良いのだろうか?
 あるいはどうでも良い些事だからこそなんだろうか??
8/19 



今日はたまたま終戦記念日だ。戦争が終わってから56年経つ。いまは戦争の名残も無い。確かに兵器の性能を考えると現代総力戦はあり得ない。日本人のほとんどが戦争なんて今後起こらないし、起こる訳が無いと考えている事だと思う。僕も信じられるなら信じていたい気分はする。
 老人に聞くと大正時代もそうだったらしい。大正は一部には自由な空気があふれ、一面豊か。軍人が肩をすぼめて歩いていたらしい。軍縮の世論も強かった。しかし景気が絶頂から不景気へと移って行く。世界戦争が終わったから。不景気が続くと和主義から右翼・体制翼賛になって行った。ついでにコンドラチチェフの論理だったかでは70年ごとに不景気がやってくるらしい。今は昭和の大不況から70年くらい経っている。政治も近頃は叫ぶだけで8割は支持が取れる世の中だし。(今度から講義も絶叫と痛みを伴うとか適当に言ったら良いかなァ…)ヤバいんじゃないかというきがする。
 杞憂かもしれない。しかし現在経済政策はコンクリートの要塞に銃剣突撃するような馬鹿さだ。あいも変わらない。ケインズと護送船団方式を取っている。もう、それでは立ち行かないのが分かっていると言うのにかかわらずだ。教育も一部右傾化してきている。反対する者も少ない。いても反対の仕方が余りにも旧態依然としている。口だけだ。(暴力でと言っているのではない。新しいテーゼを出すべきだ)止めれる力が無い…。20年後は食えなくなって、あっさり馬鹿な政治家にしたがって、中国に出兵と言うのだけは勘弁して欲しいものだ。あるいは一部以外、貧困と餓死するか。そうなる可能性は今のままじゃ高い。にもかかわらず・・・・
 というか、そろそろ日本人とか何人とか言うのを捨てて世界単位で生きたほうが、サバイバルには良いのかもしれないが・…。それは一部の人しか出来ない事ではある。その前に僕が僕として出来る事はやっておきたいとは思う。
\ 8/15




僕は点数で人を評価するのが好きじゃない。と言うのは点数で評価されてきてばかりだったから。それも低い方で。そう言う職には死んでもなりたくなかったものだ。
 でも、自分が人を採点している。そうなるんだと明確に覚悟した訳じゃないから甘かったと言える。また、適当に採点すればと思っていたが、レポートの山を見て真面目にならざるを得ない。その立場になって始めて、評価するのは難しいと思った。大げさにいえば人の人生が左右される。しかも、相手がどんな人間かわからずに決めてしまう・…。そんな者で人は分からないし、決めるのは好きじゃない。見るものに落ち度がある時だってある。最高裁という、冷静さを要求されるプロの中のプロでさえミスがある。
 なのに絶対的評価が今回の課題として出したレポートはない。そこが気楽で良いのだが、判断が難しい者がある。かなり留年していたら、親の経済負担とか(自分の事を棚上げしているが・…)考えなくても良いことを考えたり、内容はよくなくても同情を引くような文章。あるいは、持ち上げる文章には客観性を努めて維持したが、それも限度がある。もちろん、それを排除する為に客観的に不登校経験を持つものや、大学の講師に採点を客観的に頼んだ。おおよそ、僕の判断はみんなと討論したが、経験者の思いとか論文・文章のプロがみてもそんなに大差がなかった。
 しかし、やっぱり、昔と立場が変わっても評価するのは嫌だ…・。そんな事しないでも楽しくおかしく暮らせれば良いのに。何か楽に生きる方法を探さねば・…
7/7



 富山大学の前期の講義も終わり,レポートが山のように来た。だけどたいていの物は趣旨から外れているか、内容的に深く考察したものがなかった。評価_基準を示し、僕は厳しく見るといったので,そう言う意味では目こぼしはしない。というか、目こぼししたくてもあまりにひどすぎて手のほどこしょうがないと言う物が多い・…。少ない字数でも論旨がしっかりしているか,うならせる内容なら良かったのだが,内容がないから短文では何を言いたいのかよく解らない。
 もちろん,こいつはというものも有るが,ごくごく少数。170人いてどれほどだろう…・。
 学生と言えば大昔,そうじゃなくても80年代初等くらいまではそこそこ勉強したんじゃなかったろうか。というか、遊んでいても良いんだけれど,遊びが面白い発想に繋がっているとは思えないし・…。今の殆どの学生程度だったら日本もおしまいだし,学歴に拘るような企業は早晩潰れるだろうなぁ。人材を読めないのだから、近い将来では潰れて当然だろう。不況も当分続く現状と、現在の技術力,思考力を考えると日本も早晩没落するのかなぁ・・・・。せめて没落しても言いから戦争や帝国主義の復活だけは避けたいが・…。扇動されやすい国情を考えると…暗澹としたきになる。
 もっとも、論理が僕の場合飛躍しているし,僕らの講義が学生には息抜き用だった可能性もある。そういう意味で考えると少ない僕の経験則で判断するのは良くない。また、学生の質云々と言うより,そう言う教育しか受けられなかった悲劇もある・・・・。考えない教育を受けていた人に求めすぎるのも酷なのかも。もぅ、酒でも飲んで,酔いつぶれたい気分だ。
  8/2 
 



 半身をもぎ取られたような気分だ・…。振られたようなもの。もっと凄い喪失感を味わっている。そういうときにいろいろやらねばならないし,明るく振舞うのはとても辛い。
 とにかくしばらくは休みたい。7/20日



 ほんまに金が無い!!今月はヤバイ!!宴会_し過ぎだ・・・・。というか予定入れ過ぎた。経済状態が悪いのはその他不良債権が僕には多すぎるからだが・…。自分のことを捨てても損失補填しないと全てが駄目になってしまう。そんな下らぬ銀行のような役目もしている。ここでは言えないが…
 と言うわけでしばらくは,入れた予定はともかく,何もしない!ただ黙々と金を稼ぐ事にする。と言っても,仕事よりボランティァが多すぎるが・…。8月までは耐えるのみ。11月以降少し黒と言う再建案を建てているがどうなる事か。収入が多いのに、どうしてこんなに金が無いんだろうか?物凄く不思議だ。もっと稼ぐしかないか・・…。時間がますます無くなるだろうなぁ・…
 7/14日  



  10年前と変わらず。似たような出来事が螺旋階段のように同じように起きている。本当に不思議な気分だ。似たような出来事。気分。まるで17歳と言う感じ。もちろん、そっくり同じではなく,何かが進歩し,退化している。
 人生も案外歴史と同じく,繰り返し法則性があるものなのかもしれない。だいたい僕は10年周期で繰り返すとしたら・・…秋から来年_春にかけては,激動と進展とごちゃ混ぜの凄い一年になる気がする……。今年か来年当たりが人生を決定しそうな気がしないでもない。
 それはともかく、そろそろ僕も,金を稼がなければならない。大金を。そうしないとこれからは本当に生き死にに関る時代がくる気がする。リスクヘッジをしとかないと不登校どころで無くなるかもしれない。そうでなくても,金はあっても困りはしないから。起業しようかな。
 7/10日
 



東京から帰ってきた。最近思うのはまだ歳が若いかもしれないが,後継者のことだ。僕らのような集まりは1代、その人が辞めたり,倒れれば潰れてしまうのが今までの常だった。また、一人で立ち上げた人はそこそこ出来るから,周りを頼らずまた信用せず?とも一人で造ることが出来た。しかし、所詮は個人の限界で大した物は作れていないし,長続きもしない。そう言う市民活動の方が多い気がする。広がらない所以は…。
 だからこそ、スタッフや外部の人を受け入れたりしなければならない。権限も(全くないが…)委譲しないと駄目だろう。とにかくどう、一緒に動ける人物を探すか?それが今後の課題だと感じている。なんせ僕自身一人でやるのはしんどいし,誰かが一緒にやってくれればかなり楽が出来ると考えている。もちろん僕は他の人にしんどいから押し付けて,逃げると言う事はしない。
 ただ、麦の根関係が裕福になって,なりたい人が沢山出た時は心置きなくされるかなぁ。しかし,そうなった時、きっと腐敗した時かもしんないし,微妙だ。だが、腐敗は嫌だが裕福にはなりたいものだ。   
6/23日

 僕は偉くなったつもりは全くないんだけれど,立場が変わったのは事実。そうなると僕の友達でも「偉くなりやがって」と僕の話しに取り合ってくれない人も出てきた。僕が悪い面もあるとは思う。
 だけど思うのは辛さを共有できる友人。楽しみを共有できる友人。またそれらを二つとも共感できる友人がいるような気がした。もちろん、僕と一緒に楽しみを共有できる友人はまだ多いかもしれない。苦しみを共有する友人は貴重だろう。だが、僕の状況が変わったら,「別世界の人だ」と言うのは悲しい。でも、それも仕方ないというきがする。楽しみも苦しみも一緒に味わえる,強制や命令のない友人関係をこれから築いて行きたい。  
6/13日

 手を広げすぎたかもしれない。頭にある思いを次々と実行して,気づいたら孤立していたという感じか。周りがついてこられないものばかりをやりすぎたのかもしれない。仕事が増えすぎてしまった。だが,一人で走りきれる企画でもない。また動きでもない。
 じっくり,時がくるのを待てば良いのだが,埋もれたくないとか,力を試したいとか,今必要だという思いだけでやってしまったこと。現状の活動だけで満足して耐える力が僕にはなかったということだ。結局は自分の力の無さでみんなに迷惑をかけてしまった。心から悪いとは思う。
 しばらくは,麦の根や電脳塾を縮小するか,外部の人々を入れるか。みんなの理解と積極的な協力を得るか。休止させるしかない。そう言う状態だと思う。現状で続ける事も可能だけれど,積極的に打って出る事は出来なくなるだろう。僕自身もしばらくはほんまに羽を伸ばしたい。1ヶ月か2ヶ月はリフレッシュ期間が必要な気がしている。それか、それが無理なら限界まで思うように進めるだけ進んでみたい。そう言う思いに捕らわれている。陽明学のように自分の考えで,突き進む所までやってみようかな・・・。そうしたら僕の後は、今話題の長岡の故事のように誰かが米100俵の思いにとらわれるかも。危険かなぁ。

 6/2



  かなりしんどい。とにかく自分に無理をさせすぎた。そうなると冷静な判断が出来ず失敗が重なり,自信がうせて行く。当然、悪い事が重なるから鬱常態になる。というパターンが分かっている。時分の持病のようなものだ。
 プーの僕は自分のぺ−スを崩さない様にしてきている。しかし今は少し崩れた。しばらく休養を取ることにして,冷静な常態で再起を図ることにする。元々,幸運だし,仕事も手に入りやすいから。望みの仕事が来るだろうし。しばらく、表立った活動はお休みだ。と言う事で2週間ほど誰も仕事を振らないで欲しい。  5/20日 


 あんまり,公にする事でもなかったけれど,広まりそうなので書いておく。僕はとりあえず富山大学の非常勤講師になった。と言ってもたいしたことは無い。誰でもなれるんじゃないかな−と言う気が強くしている。とはいえ全国でも不登校の人が,学歴なしでは非常勤になった人を聞かないと言うことを聞いたが。しかし世間が騒ぐのが一寸信じられない。虚しくなるのだ。こんな時だけなんて。もっと、いつもやっている地道な活動とかをみんなが支援してくれればどれだけ良いか。そう言う気が強くする。僕等の活動はスタッフたちが自腹を切ってやっているというのに。取り上げられず援助も無い。僕がなんの苦も無くなった事を大げさに取り上げられるのは心苦しい。というか、アホらしくさえなる。
 ついでに僕はもう26だ。子ども心は分かりたいと思っても、分かり難い面がある。話す器ではない。本当は10代のヤツラが非常勤にでもなりゃあ面白いのにね。話す資格が本来僕にないといえばない。と自分では思っている。 ただ、なったものは仕方も無い。精々、今の飲み代のつけを払う為に頑張ろうかな。
 それと、傲慢無礼な事を最後にかかさせてもらうならば、僕は東京大学法学部を受かるのと同じくらいのレベルで、落ちるのが難しいと言われる通信高校を4回も落ちている。世間的にはどうしょうも無い馬鹿だ。そんな僕が国立の大学でとりあえず話せる。もし、民間企業ならもっと実力本意だ。力がある人ならば軽く企業にも受かるだろう。更に僕よりも色々できる不登校の人のほうが多いだろう。と言うか,通信を4回も落ちている人は珍しいはずだ。だから,言いたいのは、チャンスはこれから沢山,不登校をしていても,閉じ篭っていてもあるんじゃないかなぁと言うこと。僕以上にみんななれるだろうということ。だから,落込まず生きていって欲しいと言うおもいがある。とにかく今後もよろしくという感が強い。  5/7日




時間の経つのが早い。その事で最近思うのは昔の事だ。若い頃大人は良く約束を破ったり,忘れたりしたものだ。その度に大人は信用できないと思ったものだ。記憶力が良く,また時の流れが遅いから、なおさら許せなかった。
 今は違う。時の流れが以前の学校での一時間が下手をすると一日の感覚になってしまっている。また、記憶力も極端に落込んで,約束どころか人の顔すら中々覚える事が出来なくなってしまっている。
 自分の変化から思うことは、大人には子どもとの約束は仕事並に,重要な事として覚えておく事だろう。というか僕は出来たらそうする様に勤めたい。最近忘れてゴメンナサイ。子どもには大人は口で言うほど頭が良くないし、忘れやすいから、少し寛大に扱ってほしいということだ。もちろん、一寸した約束事についてだけれど。破って偉そうに言い逃れするから腹が立つのはわかるけれど。
 大人は、僕が子ども時代に思ったほど,能力があるわけでも人が出来ている訳ではなく,下手をすると子どもより劣る面も多い気がしてきている。もちろん、それをカバーできる経験があるから素晴らしいのだけれど。互いに体感時間が違うもの同士,認め合えたら素晴らしいと思うこの頃。


 4/28日   

色んな活動をしていると,軌道修正を余儀なくされることがある。中々、きづかないし、気づいた時は変え難くなっている。例えば、僕はゆとりと自分らしく生きたいが為に登校拒否をして今の活動を続けている。と言う面もある。
 だから、周りの人達にものんびりしようとか、自分らしくといっているし,その気持ちに嘘偽りは無い。また、ある時期までは自分らしく,のんびりと生きてきた。だがのんびりする。それが最近ではかなり難しくなっている。いろんな作業とか、雑事が沢山増えている。目的を持って活動すると、のんびりする暇がかなり限られてきている。
 人に言っているのに,自分が出来ていない。物凄い矛盾や疑問を感じている。人に言う前に自分で、遊べと言う言葉が今一番自分の脳裏に響いている。
  4/17


とにかく、思うのは誰もしんで欲しくないなァと言うことだ。自殺は良くない。なんせ、死んだ本人はそれで良いのかもしれないが、
(そんな事は無いとは思うけれども。)
周りに悔いが残る。また、悲しみは死んでしまったが故に、その思いを変えるのは至難なのだから。絶対、自殺をすれば悲しむ
人がいる。その事を思って欲しい。
 ただ、死ぬほど追い詰めてしまう周り、そこにも責任があるし、その責任の大なる事を僕も自覚しているのではあるけれど。辛い
ものです。だが、やはり、そういう関係でも生きてさえいれば変える事が出来るのだが。
  3/31日


かなり、燃え尽きたと言う気が自分ではする。というか、色々今までやってきた。とりあえず休憩しても良い頃だと、思っている。またそうしなければ、自分らしさを保ち難い。だけど休みたくても、休めない。今なすべき事を辞めると、全部崩壊する。不登校時代の心境とある意味では似ている。
 ただ、今回は自分で決めた道を進んでいるから、辞めるに辞められない。燃え尽きるのが先か、なすべき事が先に出来るか。自分の精神力と体力と限界を争う日々が続いているような感じだ。何か、天佑というか強力なサポートがあれば、突破できる。どうなることだろう?
3/15日







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