僕は24歳。今はフリーターです。一人で暮らし、親からは経済援助は受けてい

ません。けれどほぼ毎日人とと付き合うか、本を読むかしています。そんなやりた

いことをする暮らしをし楽しんでいます。なのに毎年、学歴も腕も無い元登校拒否

の僕に素晴らしい定職の話がやってきます。(最近は即答で断りますが。紹介して

くださった方には申し訳ないと思っています。心から。)だからはっきり言ってし

まえば、僕の場合に限り、もう登校拒否だから経済的に将来生きれないと深刻に悩

んでいる訳ではないのです。また、友人も結構いるから、望まぬ孤独も考えられま

せん。それに学びたい事は大学の授業に潜り込んだり、教授のところに聞きにいっ

たりしますから、学べない訳でもありません。それで日々楽しく生きて行けます。

 とは言え、昔を過ぎ去った過去とは言い難い面も沢山あります。過去は見方を変

える事は出来ても消し去れないから。それに過去を見つめる事で自分が今、何をし

たいか捜したい。もちろん過去は忘れて遊びまくるのも大切で楽しい事です。

だからといって、語れる拒否経験者が経験を語らなければ、地域は何も変わりませ

ん。いっまで経っても、学校へ行かないと言う事が「登校拒否や不登校」という否

定的言葉や待遇で継承されるかも知れません。また学歴だけが人生でないと気付か

ない親もい続けるでしょう。

 お上が体制を変えるのを待つのは僕の性格に合いません。自分で自分の生き方を

出来るなら作りたい。自分の周りだけでも変えて行きたい。そう思うのです。だか

ら意見を述べたいのです。

 確かに僕の年齢や現状は苦しみをほぼ脱し、登校拒否と言うには年を取りすぎた

かも知れません。それに若い人が、今の「生の学校体験」を語るに越した事はあり

ません。でも、例えるなら日本酒も生酒が良いか古酒が良いか優劣が付けられませ

ん。同じように僕の体験も古いとは言え時間を経て寝かせた、違った味わいもある

と思います。暗い過去かも知れませんが、体験を書く事もだから必要だと僕は思っ

ています。見る人に何かの参考になればと思って。ただ密かに恐れるのは体験が古

過ぎて酢になっていないことを願うのみですが。意見を待ちます。

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