18歳の頃、ナイフを抜いた事があります。僕を電話で脅迫し続けてきた相手と決闘
する事にしたのです。今、考えれば適当にあしらえば良かったのですが、売り言葉に
買い言葉で引き下がる事が出来ませんでした。それまで耐えに耐えた感情がキレて、
相手を刺す事しか考えられない状況にまで追い込まれていました。また臆病者と思わ
れたくない気持ちも僕にはありました。
 僕はそれまで家に隠してあったナイフを抜き身で持ち、自転車で暗闇に飛び出して
行きました。ところがしばらくして母が車でついてきている事に気がついたのです。
きっと僕の電話の声にただならぬものを感じたのでしょう。(実は何度か同じ状況が
あったので。気付いたのかも。あるいは僕の声が大きかったからか)急ぐ僕は、裏道
へ入ったりして、道を変え母を巻こうとしました。しかし不思議な事に何度巻いても
母は付いてきました。
 しばらくしてパトカーが偶然通り過ぎました。(何故かパトカーやお巡りに当時、
昼道を歩くだけでも捕まったので。)約束の時間も母を巻けず、一時間以上経ってい
ます。その瞬間僕は全てを諦めました。僕は、持っていたナイフを川に投げ捨てまし
た。僕の胸中は複雑でした。邪魔された悔しさや相手に逃げたと思われる屈辱でうん
ざりしました。また、車にさえ乗っていなければ母を殺してやりたい気持ちでした。
反面、無理解と思っていた母が僕の事を本当に心配してくれていた事には正直驚きま
した。
 母はそれまで「勉強しなさい」とか「風呂へ入りなさい」というような細かい下ら
ない指示ばかりする人でした。相談しても僕の本当に望んでいる事は伝わらず、逆に
してほしくない事ばかり押し付けてきました。だから母親に対する信頼は僕の中に殆
どなくなっていました。それが自分の危険も顧みず、僕の後を付けたのです。なかな
か出来ない事だと僕は思えたのです。それが僕には嬉しくもあったのです。
 その後も僕の元に脅迫の電話がかかりました。が、僕はもうナイフを抜く事はありま
せんでした自分自身の命をこんな事に懸ける事が馬鹿馬鹿しく思えてきたのです。ま
た親にも申し訳ないと少しですが思い始めていました。自分の命も自分だけのもので
い気がしたからです。持っていたナイフもそう思うとやがて1本づつ(何本も持って
た)棄てて行きました。そうした頃から思いを素直に語れる友人も出来始めました。
もはや僕にナイフを持つ事でなんのメリットも無いのです。
 僕がナイフを持っていたのは、誰も僕の事を本当に理解してくれないと思っていた
からです。また自分を守る自信が無く、非常に不安な気持ちをいつも抱えていました。
将来にも希望を持てず自暴自棄になっていました。
 今。、続発するナイフ事件に必要なのは持ち物検査でも叱責でもないでしょう。人を
傷つけるのが良くない事は誰でも分かっています。分かっている事をせずにはいられな
い環境をむしろ今、考える必要があります。大切なのは先生でも親でもその子を認めて
くれる人だと思います。誰だった「今」を自分らしく生きる事が出来れば自分をも人を
も粗末にはしないのではないでしょうか。

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