まずは己自紹介
1999/1/20日現在
名前 宮川 正文(ミヤカワ マサフ
名前なんて記号のような物と思っている僕。どう呼ばれてもこだわりません。
誕生日 1974/10/24です(忘れた!)
25歳(僕は数え年を採用している)
出身地 富山県 高岡市 (生粋の富山人)
生息場所 富山県 富山市(取り敢えず一人暮らし、時々居候あり)
身長 182か183まだ伸びている。
体重 65kg(日によって5から4キロの体重差がある。しかし過食症ではない)現在は50キロ台になってしまつた。2007年
|
僕の生活
貧乏について 2000/3/23日
一人暮しをした当所。僕の荷物はダンボール5箱しかなかった。もっとも書類が2箱だったので洗面器や服などで3箱ということになる。とんでもなく貧しかった。今,電化製品が家にかなりある。が、悲しい話だけれど、一般の家庭と比べても貧しい生活だといえるかもしれない。ただ、どうやったら金がかからなくても心が幸せに生きれるか。これを追求してきた。だから心は豊かだといえる。まぁ,具体的な生活の中味はおいおい書いていくとしょう。が、一つだけ書く。もう春にに近いから。だが、数年以内で大金持ちになる。だから今だけ限定なのだ。
コタツ
僕の家のコタツは足が無い。というか折れている。拾ってきたというせいもあるし、僕の生活が荒れているせいかもしれない。が足はビール瓶を使用している。これがけっこう不便だが良いのだ。というのは3リッターのジャイアンツ瓶を使用するから、倒れにくい。また一時間も使えば瓶が黒なので暖かくなる。僕は布団をコタツにかけているので寝るときは布団が暖かい。また、コタツを外して寝ると,(電気代節約のため)ビール瓶が湯たんぽ代わりになる。これが結構暖かい。一時間くらいは確実に暖かい。(後は寝ているし,寝相が悪いので外にけり出してる。かたまに抱いたまま目がさめる)
こいつの唯一の欠点は友達が朝来ていたりすると,ビール瓶を持ったまま、起されると問題だ。大瓶なのでアル中と心配されることだ。これが結構,変な誤解を生むので、戸締りをきちんとしない人にはオススメできない。
僕の性格 2000/2/24
僕の性格は,最近は自分でも理解不能です。勝手に行動する面があるので僕もお手上げというところです。だから1994年10月頃の性格の一部を書きます。今とは恐ろしいほど違います。時の流れを感じてしまいました。案外立場や,忙しさが性格を変えているのかもしれません。
一応,長所は短所。その逆もありますので,両方書いた次第です。まぁ、どちらが長いかは僕には分かりかねますが
|
意志が強い――――――頑固
|
|
のんき――――――――時間をうまく使えない
|
| 決断力がない―――――じっくり考える |
| 社交的ではない――――わずらわしい人間関係がない |
| しっこい―――――――-我慢強い |
| 細かい事を気にする――人より気がつく |
| 見栄っ張り――――――目立つ |
| くそ真面目(人がサボっていてもサボれない) |
|
思想
右でも左でもありません。といって中道でもありません。保守でも革新でもない。僕なりの思想があります。他人の考えを、ただまるごと信じるのは単なる宗教と変わらないと感じるから。ただ自身の考えはここには載せません。僕の飯の種なので。載せるなら文章で売れるか、日本がデフォルトや限定戦争に巻き込まれたら出すつもりで
す。あくせく働くだけの貧乏生活はもう嫌だから。
但し
日本の教育に関して言えば討幕(学校ぶっ潰せ)でも佐幕、幕権強化(学校絶対主義)でもありません。そんなのは時代遅れです。僕の思想は大政奉還、雄藩連合、公武合体の集合。ようするに多様な価値観の共存、尊重こそが大切だと思っています。まぁついでに言えば欧米列強から数十年は遅れている教育方式を鎖国せず、今こそ開国すべきだと思っています。でないとまた、菊水のマークを胸に着け「天皇陛下万歳」と言わないといけないかも。もしくはまぁこれはないけど「造反有理」とか言って、赤旗振らなきゃいけなくなったり。そんな可能性も無いではないかなと思ったり。うーん我ながら古い。もしかしたらそこらの、じい様より頭が古いし硬いかも。用語が分からない人は勉強して下さい。多分、学校で習うと思うから。行っていない人も独学して下さいな。説明するの面倒だし。
でも、教育より何よりこのままの経済システムと、科学技術だったら数十年で人類は滅びるけどね。
|
僕の好きな詩
僕は詩が好きです。とは言え漢詩ですが。
下 残 世 馬
楽 躯 平 上
是 天 白 少
如 所 髪 年
何 赦 多 過
貞山公
|
僕の訳
少年時代は戦場で過ぎてしまった。そして今、世の中は平和になった。だが私も年を取
り、頭にも白髪が増え、老いてしまった。自分が生死をくぐり抜け、ここまで生きているのは、天が赦してくれているからだ。平和や残り少ない人生を楽しまなくてどうすると言うのだ。
多分こんな感じだと思います。間違ってるかもしんないけれど。他にも好きな詩が漢詩以外にも沢山あります。でもこれが今の僕の心境にぴったり来ます。これは戦国大名、伊達政宗の詩です。でも正宗の詩より「正宗」と言う名の付いた酒の方がなにより好きなんですが。
でも僕も不登校時代は親に「死のうか」と言われたり、不登校後の放浪では本当にとんでもない目に遭った事も度々あります。まぁでも戦場に比べれば遊びみたいで言うほどの事ではないですが。でも最近は、流石に不規則な生活や若い時の無茶や心労 (悩みで何日も眠れなかったり、一日200キロくらい自転車で走ったりは、しょっちゅうだった。だから体重が4か5キロ変化するんです。実は) のせいか白髪もぼっぼつ出てきたし抜け毛もひどいものです。まぁ、おやじになりました。
とは言え今は平和です。不登校に人生の大半を賭けた僕にとって、それを克服(多分)した今は第二の人生です。自分自身、10年前と比べ今は毎日天国にいるような生活です。老い先だけはまだ50年くらいあるかも知れませんが、やはり、宮川を生きるのは一度だけで
す。悩むより、もう楽しまないとこの人生が無駄になります。そんな訳でなんとなく共感できる詩です。昔はもう少しエネルギッシュな詩が好きだったんですが。
戻る