学校へ行かなかった僕からNO5
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NO119
僕は高校時代,一年生を二回経験しました。一年目は九年間。二年目は二学期まで通学して退学しました。
留年して困るのは先輩後輩の関係です。今までの同期生が先輩になるのです。一年の僕が二年生のところに入り浸るのはプライドがありすぎました。逆に同期生が先輩として僕のクラスに来ると,クラスメートの僕を見る目が変わります。
何か悪い事をして留年した奴、という空気をありありと感じ取れました。
僕はそのとき,理由として不登校と言う事実を語る事は出来ませんでした。また、二年の友人がそんな場で「先輩に敬語を使えよ」と冗談で語っても僕には屈辱的です。恥ずかしくもあります。これまでの同期生との適当な友人関係も急速に冷めていきました。一年の同級生にも変に祭り上げられ、対等な友人関係を作る事は出来ませんでした。
僕の高校時代は人が周りにいても孤独でした。
NO120
アメリカやヨーロッパに不登校と言う概念はないそうです。それは欧米の教育が優れ,皆が学校に行くからではありません。アメリカなどでは学校への銃の持ちこみが当たり前になっているくらいなのだから。そんな様相なら,なおさら不登校が問題になってもいいのに起きません。
システムが多様だからです。家庭で学ぼうが,通信教育だろうが,本人が学んでいれば進級や就職に日本のような不利がないからです。学校へ行かずとも問題の無いサポート体制があります。
現在の日本はまだそのシステムが整備されていません。でも近い将来完成するでしょう。それで不登校は存在しても問題では無くなってくるでしょう。なぜなら現実に不登校は今,潜在的に数十万人。年十パーセント増の高度成長で
す。このまま行政が無策では未来は無視できない問題、数字になるでしょうから。
不登校問題は親が悲観せずとも、明るい将来があります。
解説(多分、アメリカの状況はもっと複雑なようです。最近分かった。あと不登校は数十万の拒否児が運動していけば状況も変わると思います。また力もあると思う。お上が変えてゆく改革は子の望む事では必ずしもないと僕は思うのです。)
NO121
仕事でも、学校でも休むと言う事は軽々しくできません。後ろめたい気持ちや遅れる恐怖があるから。そうでなく休むときは、熱があるとか親族が死ぬくらいの、非常の理由がないと安心して休めません。それですら登校する人がいます。
だから一部の不登校の人は朝、熱が出たり腹が痛くなります。体を壊してまで休む理屈が必要になるから。そうしないと一部の親や先生は納得しないから。そこまでして休むのは学校生活に疲れているからだし、追い詰められていると言えるでしょう。必然、熱がでる状態で何日休んでも本当の休息とは言えません。
ラテンの一部の国ではデートしたいと言って仕事や学校を休みます。それが当たり前です。誰もそれを怒りません。無論日本とは国情が違います。だけど同じ休むにしても人生を楽しんでいます。せめてもう少し子どもが気楽に休めれば、体を傷つけてまで休む必要はなくなるのに。
NO122
休み始めてからの僕は食を絶ちました。155cmくらいで40`台後半はあった体重も30`台前半にまで落ち込んでしまいました。水分を取れればそれでよく、一ヶ月くらいほとんど何も食べないのもざらでした。
そんな生活を、間はあったものの一年近くも続けました。その間、中学へ復学しましたが、給食の時間にチーズを少々かじった程度です。もちろん誰でも落ち込めば食欲は無くなるもの。だけど僕が拒食になったのはその連続で、空腹感が無くなったからではありません。始めは正直食べたかった。
それを押しとどめたのは、働かざるもの食うべからずと言う社会通念。また僕にとって学校を休む事は養ってもらっている親に申し訳が立つ事ではありません。半面、矛盾する感情として、命を懸けても僕の休んでいる現状を認めてもらいたいと言う抵抗心もあったのです。
NO 123
手紙が好きです。字は人並みはずれて汚いのですが。登校拒否時代からの習慣です。
当時,学校を休み閉じこもった僕には、方々から叱責の電話や批判があり、急速に自信をなくしました。閉じこもりをやめ,人と会おうとした時、友人とうまく付き合えなくなっていたのです。ならば僕の事を何も知らない人と出会うにしても言葉足らずで、誤解されてきた経験上、会うと全く語れない。人と付き合えない自分に自己嫌悪を感じつつも、人恋し
い。
だけど他のコミュニケーションといえば,電話は相手の都合を考えません。パソコンは十年前の当時,高嶺の花。人と会えない僕に安価な通信方は手紙しかありません。手紙なら会話と違いやりとりで感情的になりません。なっても互いに考える時間があります。相手が心のゆとりのある時間にみてくれることも期待できます。
一番気楽で唯一の通信方法でした。
NO124
二十歳を超えても不登校を引きづり、閉じこもりをする人は多い。その立場の親や一部の青年は自らを卑下し、僕に「不登校だったのに一人で暮らしてたいしたものだ」と言います。
僕が一人暮しをしたのは親が「二十歳までしか経済的に援助しない」と言っていたからです。二十歳になると大人だから独立せねばという脅迫に近い観念もありました。不承不承経済的に独立したのです。
もちろんそのおかげで,誰も学校へ行けなと゛の小言をは言いません。親に食わせてもらっている引け目もなくなりました。心が平穏になる日を手に入れたのです。しかし平安を手に入れたはずの僕は,食うための仕事に今度はエネルギー
を使い、やりたいことは今もそんなに出来ません。(人から見てではなく,自分なりに全く出来ない。イベントでも旅行でもなんでも本来ならダイナミックに出来るはずなんだけど)
一方、家にいる不登校の友人は小言を言われます。しかし耐えるか、無視をして親の援助を得,夢にエネルギーを存分に使っている人もいます。僕以上に。必ずしも独立するのは良いとは限らないようです。
NO125
僕のいた高校は盗難の多いところでした。金品で無くとも、席をたてばもう次の時間の教科書がなくなっているのです。もちろん最初は僕が忘れたかと思ったのですが,しばらくすると無いはずの教科書が元に戻っています。中学からの友人に聞いてもやはり、「たまになくなっている」と言います。中学ではない事でした。
毎回,重い教科書を持ってきて「忘れ物をした」と先生に叱られるのでは割にあいません。理由を言っても「人に借りろ」
としか言いません。他のクラスが必ずしも同じ授業を受けているわけではないし,今まであるものを借りる気にはなりません。
友人と一緒についに「これなら家から持たず(クラスから)借りた方がましだな」と話し合うようになりました。帰ってこない物品も出てくるし。それでも僕はどうしても盗む気になれず,そんな高校の裏の気風になじめませんでした。
NO126
不登校をしてからの僕は,努めて人との接触を避けました。買い物は家人に頼んで買ってもらいます。どうしても外へ出なければならない用事があるときは,親の車で夜に。そのときも帽子を目深くかぶったり,座席を倒して罪人がよくやるように顔をタオルなどで隠します。とはいえ、毎日部屋に閉じこもるのは苦痛です。付近の住民が寝静まる深夜に散歩したりもしました。
もし、昼堂々と家の付近を歩けば、地域の人や友人に顔を見られるでしよう。病気でもないのに休んでいると一目でわかります。家人にも迷惑をかけると思いました。
僕自身、友人や級友に会わせる顔がありません。登校拒否というものは噂であってもたてば僕にとって,以前と変わらぬ状態で学校に復帰できると思えなかったのです。僕は登校してみて杞憂に過ぎないことでした。が、それでも侮辱されていた拒否児も学校にはいたのです。
NO127
登校拒否をすると,親や周りはすぐ先を見越して,仕事や勉強をするように言います。それは、拒食や中退したての僕にはとてもつらい事でした。僕の現実から見て限度以上の要求でしたから。僕は機械ではないのです。機械なら部品を直したり交換すれば元通り動くでしょう。すぐにでも。
しかし、心が乱れて混乱しているときに次々と進路を言われるのは,状況を余計かき乱すだけです。心を静かに立て直す間が必要です。そんな時,親の多くは待ってはくれません。それでは将来「生きていけない」と言います。でも大抵,親,特に母親は子が生まれるとき「元気でさえあれば」、「五体満足であればそれでいい」と願うと聞きます。それに比べれば,不登校はほんの数年休むだけの事です。生きてもいます。親も初心に帰って,秋には稲が実るように,子の成長をじっと待つ事はできないでしようか。
NO128 11/3
今,国は大幅な赤字。世は不況に苦しんでいます。政治家はでも相変わらず、以前どおり赤字国債から公共事業に金を出します。反面、子どもが減って、赤字だからと福祉や教育費を削っています。しかし、企業は顔の無い利益追求集団です(大企業の場合)。景気が良くなっても安い人件費や投資へと多分、金は海外へ流れるでしょう。国の赤字は変わらないでしょう。(今までのやり方を続ければという前提で)
ならばいっそ,教員や学校設備を増やすのに大金を使えばどうでしょうか。教員は個人だから,外国へ旅をするといっても限度があります。金の大半は地元に落ちます。地域活性化になるでしょう。雇用対策にもなります。また教員が増える事によって、より生徒のニーズにあった多様な教育が実行できるでしょう。
優れた教育を施す事ができれば今,しばらくは不況だとしても,二十年先には人材で盛り返すこともできるでしょう。まず、今の学校の悪いシステムを改革する事が先決でしょうけれど。(これは2500億の臨時予算が出る前の文です。取りあえず)
NO129 12/21
学校で授業中、私語をしたり、教室を抜け出すという状態を、僕は高校時代しか見ていません。高校に夢を持てない人が多すぎたから。しかし、今では小学校でも珍しくなく,学級崩壊と言われています。
しかし,理由がないわけではないと思います。それは本当に今の学問が面白く、楽しく,役立つ学問か?考えて見るとはっきりするのではないでしょうか。
時代は校名が重んじられる時代とは違い、企業は実力主義です。役に立たぬ学問は通用しなくなるでしょう。また、生徒全員が大学へ行きたいわけでもないでしょう。智識にしても,学校で学ばなくても様々なところから瞬時にして取り寄せる事が出来ます。
価値観が多様化する現在、やはり学校も子どもの現状,子どものニーズに合ったシステムに移行すべきでしょう。誰でもなく、子どもが本来の学校の主人公なのだから。
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