学校へ行かなかった僕から


 学校へ行かなかった僕から 2   5 

 古い文章が発掘されたので最初の文を載せます。中日新聞の連載

も、96年から始まったのでもう三年になります。この連載が今まで続いたのは読者

の皆さんのおかげではあります。が、もっともお世話になったのは加藤愛理子さんの

協力があったからこそでしょう。毎週僕の汚い字(本当に汚いらしい。朝日新聞に投

書したらそのまま送り返されたことがある。)を嫌な顔をせず見てもらい、更にあまっさ

えも食事を食べさせてもらい。しかも理由をつけて食事をタッパとかにもって帰ると

いう、とんでもないお世話になりました。しかもbS0まで見てもらいました。(今は一

人でやっている)はっきり言って文以前に食べさせてもらえなかったら当時の僕は餓

死していたかもしれません。今は、昔ほど゛余りお世話になっていないけれど。しかし

その感謝を込めて、ここで面前では言えないのでありがとうを言いたいです。本当に

心から加藤さんありがとうございます。うれしいです。いつかなにかできればと思っています。

当初は300字でした。現在は360字です。


NO.1    96/7/16日
 僕は二十二歳です。九年前は登校拒否を起こしていました。今は、働きながら自

分史を書いています。

 登校拒否を起こしている時は人生は終ったと考えたものでした。親は学校へ行く

僕しか認めてくれない。学校も「義務教育だから」とか「内申に響く」等と言います。も

ちろん、僕だって学校が人生のすべてと思っていました。学校しか知らなかったから

。情報が少なく、偏見に満ちた視線の中で、学校へ行かないということは楽ではない

のです。


NO.2  7/23

 今「あなたは本当に登校拒否だったのですか」といろんな人からよく聞かれます。この

言葉には登校拒否には、登校拒否に暗いイメージがついているのを表しています。

 確かに以前の僕は、悩んでいて暗かった。しかし、それはそれは当たり前のことでしょ

う。誰でもつらい時は暗くなるものです。なぜなら、外へ出ても、家でも、思いを理解して

もらえません。むしろ甘えや怠けとして決め付けられます。

 けれどそんな僕も、今ではたくさんの友人がいます。文を書くことによっても認めてく

れる人がいます。

 もし今の僕のように、登校拒否をする人が親や地域に認められるなら、彼らも希望を

持って、生き方を選択しやすいのではないでしょうか。生き方を選択できることが、何よ

り大切だと思います。


No3   7/30火曜
 住専問題には腹が立ちます。責任のなすりあい。そのツケを国民が払う。全くむ

ちゃくちゃです。道理はありません。
 しかし、不思議と僕の周りには、似た事が多いのです。学校と家庭が良い例です。

親は学校に過剰に自分の子を任せます。学校は家庭内の生活まで指図します。どち

らも責任の範囲を逸脱しているのです。

 けれどもし、子どもが不登校や、いじめ、自殺など「問題になる」なら親が悪い

いや学校だ、と責任をなすり合います。どちらも非難している姿をよくテレビなど

でも見ますから。

 住専と同じように、強者を信じて指図に従っていた子どもに、最後は責任がいき

ます。まずは、身の回りの「住専」を考えてみませんか。


No4  8/6日
 僕は、合格した高校にはろくに行っていません。その当時、家や学校は、僕にと

って心休まる場所ではありませんでした。

家庭さえも、叱責ばかりが飛んでくる場所だったからです。だから、よく自転車で

居場所を探す旅に出ていました。どんな悪天候でも、県外まで自転車で出掛けまし

た。
 とは言え、自転車に乗るのは決して楽ではありませんでした。車に何回も追突さ

れたり、切れ痔にもなりました。出血がひどくて痛くても自転車に乗るのは止めら

れませんでした。

 僕だって無茶をしているのは分かっていました。それでも、「学校へ行きたくな

い」という気持ちを理解されない方が辛かった。せめて、家庭だけでもいいのです

。家庭だけは、学校へ行っていない子どもの居場所であってほしいと心から思いま

す。



NO5

もし、どこかの○○教室などに何かを習いに行ったとします。金も払いますよね。そこでの教

え方が難しくて分からない。質問をしたら「ばか」という言葉と同時に殴られたとしたら、怒らな

い人はいないでしょう。また社会では刑事事件として認められるし、その教室はすぐ潰れるで

しょう。
 
 しかし、それが学校であれば「愛の鞭」として許されてしまうことがある。それだけでなく、一

部の親からは教育熱心な先生として称賛される。その子が死んだり、大怪我をしたりしない限

り問題にならない。その場合子どもは学校を休まない限り、逃れる方法はないでしょう。

大人が大人を殴れば立派な犯罪です。子どもを同じ人間として見るならば、体罰がおかしい

のは明白です。

注(体罰は明治時代の教育基本法から禁止されています。戦後ではなく)


NO7   
 「指示待ち人間」とは、僕が中学の頃流行した言葉です。先生にも「指示待ち人間になるな」と

聞かされてきました。

 しかし実際は指示を待たずに動いたり.用事を済まそうとすれば、「どうして指示されるまで待た

なかったのか」と言われ,また,逆に動かなければ,指示待ち人間として叱られる。時には同じ行

動をしても,先生の機嫌の良し悪しで叱られたり、叱られなかったり。

 結局のところぜっみょうのバランス感覚で状況をいち早く察知できる者だけがうまく生きられる。そ

れに気がついたときは,非常に腹立たしかった。僕は叱られる回数を減らす為には、指示待ち人間

にならざるをえなかったのです。


NO8

 子どもが登校拒否を起こしたとき、親が悪い,いや、こどもだ,社会システムだという原因探しがはじ

まります。それでは何の問題解決にもなりません。逆に,指摘された組織や人は立場を守ろうとするた

め、争いが起きるだけです。

 また、学校の対面、親のメンツ,当事者自身の将来への不安や固定観念。それらが登校拒否問題を

複雑で難しくさせます。

 でも登校拒否の本質は、そのとき学校に行きたくないから休むだけです。もしみんなが利害を捨て,立

場を超えて語り合う場があり,認め合えるなら、問題点は明らかになるでしょう。そして本人も,社会の常識

と自分で作った壁に縛られていると気づくはずです。また、「こうあってほしい」という親の希望は価値観の

押し付けだともわかるはずです。


NO9

 「人は生まれながらににして善」という考え方もあれば「生まれながらにして本質は悪」という考え方もあり

ます。このどちらの考え方を取るかによって、教育の方針が違ってきます。善ならその良い素質を伸ばせ

ば良いのです。しかし、,悪だとすれば、まず教え導かなくてはなりません。

 僕の学校では,生徒の素質をあまり信じていませんでした。生徒はほおっておけば悪い事をするという

ので,生活のほとんどが規則漬けでした。

 今,自主性が叫ばれています。しかし自主性は規則からは育たないのではないでしょうか。これからの

教育で,一番大切な事はもっと生徒を信じる事だと思います。


NO10

 僕は学校で学ぶ勉強が苦痛でした。現状では何の意味も見出せず,詰め込むだけ。しかも高速で進ん

でいきます。勉強のわからぬ僕は,窓際族のような無力感と同居し、ただイスに座っているだけの日々でし

た。それも、未来の高校,大学のためと言われ、我慢をしていました。
 
 だからと言って僕は学ぶ事が嫌いではありません。興味のある分野はとことん調べたいし、考えたい。だか

らこそ学校の勉強は嫌いなのです。

 例えば歴史。学校では年表の暗記が主です。でも、現実の歴史は様様な人間のドラマがあるし、いろんな

見方が出来るのです。学校の詰め込み勉強では、その面白さが死んだも同然です。僕は,どうしても学ぶ気

にはなれませんでした。

トップぺ−ジへ       学校へ行かなかった僕から 2   5