(北陸中日新聞より) 北陸中日新聞に毎火曜日に連載されている小品です。分かりやすく書くように心がけています。 更に字数は360字内外なので読みやすいと思います。もう二年半くらい続いています。反響は全く
無いと言って良いほどの作品ですが。
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no.87 若者が「何を考えているか分からない」とか、「昔は良かった、今の若い者は駄目 だ」と年配者はよく言います。 しかし、良く考えてほしいのです。今の学校や社会、地域をつくったのは僕ら若者 ではありません。団塊の世代以上の大人なのです。大人にとっては、今が昔と違い 良い社会でも、僕たちにとってはそれが生まれながらにある「当たり前」の世界で す。大人が耐えられる事でも、大人が分からない問題が見え、耐えられない事があ るのです。 だから大人の 子ども時代にはなかった、豊かさゆえの、登校拒否などの問題や苦 しみがあるのです。いつの時代も、問題があります。しかし、餓えは大人の努力で 克服しました。でも、いつまでも昔の餓えた時代の価値観で若者が駄目だと言って も、時代は変わっています。大人が古い時代の価値観を変えなければ、若者の心は 理解できないと思います。そうしないと、大人の経済力を基にした、一方的な力の 関係になるから。 no.89 僕を毎日、殴ったり蹴ったりする少年がいました。皆にもたまに同じ事をするので 嫌われていました。だから僕は友人たちと話し合い、僕をいじめる少年を、ある日 一斉に無視し仲間外れにするよう裏工作しました。 蜂(ほうき)起した日を境に、突然、彼我の立場が逆転しました。しかし、僕は 彼をいじめているつもりは当時全くありませんでした。やられたことへの正当なお 返しで、彼を注意しているし、悪くないと思ったからです。仲間も僕を止めはしま せん。 今、文部省や学校はいじめる側が悪いと言う見解です。これは僕の経験から考えて 極めて非現実的だと思います。なぜならいじめはする側、される側が、今日は固定し ても、明日は容易に逆転する事も有り得るのだから。表面に見える状況や大人の価 値観で善悪を判断すれば、事態は余計混乱する事になると思います。 NO90 小学校の時、一度だけ誉められた事があります。掃除がうまいと。僕はうれしく て掃除だけはしばらくの間、まじめにしました。しかし、誉められたのは覚えてい る限りそれ一度だけです。 後の学生生活は叱責だけでした。だから先生が僕を呼ぶ時は用事かしかられるんだ と、嫌な気分になりまた。何故ならしかられれば自分が駄目な存在だと思わざるを 得ません。みんなの前で言われれば、対外的に劣等生と宣言されたようなものです。 仲間内のからかいの対象にもなります。当然、学校へしかられに行くようでは、や る気も失せます。欧米では日本と違い子をしかるより、長所を見つけ誉めるほうに 重点を置くようです。そのせいか自信をもつ子も多いと聞きます。確かに叱咤激励 は必要です。でももう少し誉めたり、認める事が学校や家庭であっても良いと思う のです。親や先生はそれで何も損をしないのだから。 NO91 学校へ行かない事の長所を考えれば、まず時間があり、じっくり生き方を考える 事が出来ます。学校の同世代ばかりの狭い人間関係でなく、外に出てさまざまな 職業や年代の人とも語らう事が出来ます。夢があればさらに、集団のしがらみを気 にせず主体的に目的を持って動けるのです。そう見るならば登校拒否はある面では すばらしい事ではないでしょうか。 とはいえ、登校拒否の現実は必ずしもみんなが生き生きしている訳ではありません。 なぜなら、それは子どものスポンサーやサポーターたる親や周りがその生き方に否 定的で、子の夢や現状に援助や理解ではなく、否定や行きたくもない学校へ戻す事 ばかりに力を使っているからではないでしょうか。 僕が今、目的を持ち楽しく仲間と行きられるのは、親や周りが僕の生き方を認めて くれるようになったからです。それが大切なのです。 NO92 今の僕は、抜けたところがあります。けれど学校へ行っていた頃の僕は完璧主義者 でした。他人の失敗すら許せないほどの。それはそうせざるを得ない理由があった からです。学校では一つ物を忘れるくらいの軽い失敗が命取りだったから。下手を すると班やクラスのみんなが僕のためにグラウンドを走ったり、罰を受けねばなら なかったのです。そうなると僕の軽い発言や行動が、いつ他人の身に災いするか分 かりません。僕は失敗を極度に恐れ、だからこそ他人の少しの落ち度も我が事のよ うに文句を言い許せませんでした。非常に緊張した学校生活でした。 でも本来間違いや失敗は恥ずかしい事ではないと思います。それによって改め、気 付く事も多いのだから。また、誰にだってある事です。先生がもし度量をもつて生 徒を許せるなら、キレるまで耐える生徒は減るでしょう。 NO93 自殺を思い詰めた事があります。何度かは発作的にナイフを首に突き付けました。 一度だけは遺書まで書いて自殺しに行った事もあります。でも「幸運」にも死ねま せんでした。死を考え続けていた僕が生きてきたのは、希望があったからではあり ません。ただ復讐のためでした。自殺するくらいならば、恨みを晴らすまでは死ね ないと思い直したからです。なぜなら、家庭は僕を施設に送りました。それは家族 に見捨てられたとしか思えません。いじめなどがあった学校だって、なければ人生 は狂わなかったと思っていたのです。 今、復讐などバカらしく思います。けれど一時的でも否定的な感情で僕は生きて これたのです。マイナス思考でも、生きる支えになります。生きてさえいればいつ かは楽しい事があり、考えも変わるから。本当に辛い時は無理に明るく振る舞うの は、かえって苦しい事ではないでしょうか。 NO94 僕が中学で驚いたのは先輩、後輩という今までに経験したことの無い関係でし た。小学校時代のクラブ活動だって、何学年も一緒になって行動しました。けれど 中学のようにたった一歳上だと言って待遇が違い、敬語を使え、目上を敬えとは言 われませんでした。 それが体育会系の部に入るといきなり始まったのです。そんな先輩と言うものは 僕にとって、威張るのが好きな、たちの悪い先生が一気に増えたようなものです。 態度や行動、すべてに先生以上の気を使いました。 とは言え、僕だって敬語は知っています。十も二十も年の違う尊敬できる大人に は敬語を自然と使っていました。その人生経験にはかなわないと思っていたから。 だけど自由や平等を知り、年が一歳か二歳とたいして違わず、尊敬せずして敬語 を強制され、命令されるのは耐えられませんでした。僕はそんな中学の上下関係に なじめなかったのです。 NO95 僕の周りの友人に限った傾向ですが、それでも学校へ行かなかった友は音楽や絵、 作家で生きるのを目指す人が多いのです。でも何かを団結してやろうとすると、個 性的な議論百出でまとまりません。また、計画が決定しても長続きしない気風があ ります。そんな個性の強さが、反面では自己主張が強く協調性に欠けると言われる のでしょう。 学校へ行っている友人は大抵、約束を守ります。また興味のある無しに関わらず、 決まったことは見事なくらい団結します。最後までやり遂げる能力も高い。しかし、 学校へ目的も無く行きつつ強烈な個性を放つ友人は少ないのです。 どちらも長所として見るなら素晴らしいことです。しかし、欠点として見れば、 時には致命的です。でも短所は見る人や場によって長所にもなります。先生や親は 一見して短所とは責めず、長所になると思って可能性を伸ばして欲しいのです。
NO96
日本国民ならば、子どもは等しく教育を受ける権利があります。親には教育を受けさせる義務があります。法に明
文化してあるのです。
しかし今、学校に行かない子の教育を受ける権利があまり認められていません。なぜなら、行政は学校へ行く子に
は金を使いますが、行かない子の為の教育の場を殆ど作っていません。確かに適応指導教室などがあります。でも
、それは学校へ戻すための施設でしかありません。そこに合わない拒否児の方が多いのです。
登校拒否は、中学の学年によっては年に10%以上の増加率を示します。法に従えばもっと行政は拒否児に理
解を示して、様々な学びの場を作り認める義務があるのではないでしょうか。また、親も、どうしても学校へ戻らない
子がいる現実がある以上、学校に頼らない教育の場を作る義務があるのでは。もう学校だけの独力では解決できな
い問題のほうが多いのだから。
NO97
学校では成績以外にも。他のクラスより速く行動し行進は一糸乱れず、美しく。答えるのも正確さが求められまし
た。
社会に出て工場で働いた時も学校と同じでした。人より速く、正確に作業することが求められます。考えなど挟む
余地も無く、ただ製品を作るだけです。それは、でも不器用な僕にとっては不可能なことでした。結局、僕は社会で
も通用しないと言う挫折を感じたのみでした。
でも、考えると今の教育は、企業社会のために個人のペースを無視し効率よく働かせる教育ではないでしょうか。
それは国や天皇の為に死ぬのを最善と教えた戦前の教育と本質は変わりません。つまり、その時の権力に都合の
良い教育なのです。
経済が失墜し価値観が多様化した現在。個人が自然に無理なく幸せに生きられる教育が大切ではないでしょう
か。時代の権力に飼い慣らされ洗脳されるのではなくて。
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