麦の根いじめ体験10
2011/11/1〜
| NO7 cさんの体験 3/17日 私は、小5のcです 私は、1年の2学期からいじめられていました。 先生に相談していじめはなくなりました。 しかし、3年のときにまたいじめにあい、とても死にたいと思うようになりました。 バレーボールが好きな私は、バレーボールでストレス発散をしていました。 なんとかいじめはおさまったものの、4年のときは男子に皆の前で胸を揉んだり、スカートめくりしたりしてエスカレートしていきました。5年になって良い担任の先生のくらすになりました。 今の担任の先生は、とても優しくてなんでも相談できるので来年も今の担任の先生が いいなぁとおもっています。いじめはおさまったので、とても安心できます。= |
| NO6 なるみさんの体験 2/24日 こんにちは。以前も投稿しました、なるみです。以前は、いじめられた体験を投稿しましたが、今回はちょっと違う体験を投稿したいと思います。 私は、いじめられたことの方が多いので、小さい頃から他のいじめられる子の気持ちが分かるためにいじめをしたくないと思う子供でした。しかし、私は、小学校4年生の時、我が儘な下級生に誘われて1年生の女の子をいじめてしまいました。我が儘な下級生は、いつもその女の子をいじめて遊んでいました。私はいつも「〇〇ちゃんをいじめて遊ぶのはやめよう」と言っていましたが、ある日、我が儘な下級生が私に対して「〇〇ちゃんと仲良くするなら、もうなるみちゃんとは遊ばないから!」と言ってきました。そして、いじめ方を教えて、私に1年生の女の子をいじめろと言うのです。私は、嫌だと言って抵抗しましたが、我が儘な下級生は「もうなるみちゃんとは遊ばないから!」と言うので、私は仕方なく、1年生の女の子をいじめることにしました。“だるまさんがころんだ”をして遊び、鬼は我が儘な下級生、残りは1年生の後ろから歩いて止まった時に背中を押して「〇〇ちゃん動いた!」と言うやり方でした。私は軽い力で1年生の女の子の背中を押しました。彼女はよろけ、バランスを崩して近くの石段にぶつかり、唇を深く切ってしまいました。相当痛かったことでしょう。彼女は当然、痛いと言って泣きわめきました。私はおろおろするばかりで、我が儘な下級生はすぐ逃げました。そこへ1年生の女の子のおばあさんが来られ、黙って家に連れて帰られました。そしてその日の夕方、おばあさんから私の母へ連絡が来て、私は母と共に女の子の家に謝罪に行く羽目になりました。その時の私は、いじめをしてしまったことへの悔しさ・罪悪感を感じていました。女の子をいじめるくらいなら、我が儘な下級生とは遊ばない道を選べば、私も女の子も、悔しい思いをしなくて済んだのに、と…。女の子に怪我を負わせた加害者は私ですが、いじめを指示した下級生は一番の加害者です。この頃から私は、少しずつ女の子の気持ちに寄り添うように努力しました。うまくいかず、喧嘩になることもありましたが、もう女の子をいじめるようなバカな真似をしたくなかったのは正直な気持ちでした。 そして、その後、我が儘な下級生との縁を少しずつ切っていきました。今では、近所同士なのに、お互いの状況を知らないくらいに疎遠になりました。 いじめられている方へ。本当におつらいものだと思います。体にも心にも深い傷を負わされ、非常に苦痛な思いをされていることでしょう。でも、もしかしたら、いじめたくないのにいじめているだけの人がいるだけかもしれません。 そして、いじめて楽しんでいる者へ。何が楽しいのですか?嬉しくなったことはあるのですか?逆に自分がつらくなるのではないでしょうか?いじめは人間として卑怯極まりない行為です。人間と認められる行為ではありません。いじめから今すぐに足を洗いなさい。 いじめに誘われてつらかった体験でした。読んでくださった方、ありがとうございました。 |
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NO5 サクマさんの体験 2/15日
現在高3のサクマです。 私は小4から中3までいじめにあっていました。
きっかけは一部の女子のグループの喧嘩から始まったのですが、知らない間にいじめの標的が私になっていました。
標的になった理由は「顔がキモイから」「おとなしいから」…。
それ以来小学校では
・クラスメイトとすれ違うたびに「キモイ」「死ね」「邪魔だ」などと言われる。
・体育帽子をゴミ箱に入れられる、上靴を隠される。
・私が給食を配ると「いらねーよ!」といって押し返される。
・私が喋ると周りの男子が馬鹿にするような声で真似してくる。
・言葉の暴力で毎日泣かされる。
・私の持ち物にさわったりすると、「呪いだ〜」「汚ね〜」と言って擦り付け合いをする。
・私と目が合うとわざとらしく近くの人とひそひそ話をする。
・委員会の委員長を押し付けられる。
・喋ると馬鹿にされるので、喋らないでいたら「口無し野郎」と更に馬鹿にしてくる。
・給食の食器の片づけを班員の分全てやらされる。
・↑のせいでその後の水飲み場の掃除が遅れ、班の奴に「サボりだ〜」と言われる。
・加害者の一人の弟に「顔きもいんだよ!」「嫌われ者!」と何回も言われる。
・忘れ物をすると「何で忘れたのか言えよ」と一部の男子にせめられる。
・同じ町内の子と遊んでいただけで「調子乗っている」と言われる。
・机を離される。席替えで隣になった男子に「最悪だ」と言われる。
以上のことをされました。
小4のときの担任は何か不都合なことがあるとすぐに学校を休み、クラスメイトからは完全になめられていました。怒るときには全く怒らないし、あてになりませんでした。
小5、小6と担任が変わり、そのときの担任は私の悩みを親身になって聞いてくれたり、加害者を叱ってくれて少し安心しました。
しかし、いじめは卒業まで続いていました。
中学に入ったらいじめはなくなると思っていましたが、中学でもいじめられました。
特に中2、中3は酷かったです。
・クラスのチャラい奴に嫌なほどからかわれたり、顔をわざと近づけられたとき、周りからは非常に冷たい目で見られる。
・言葉の暴力。
・字を馬鹿にされる。
・座席表の私の所だけバツ印を書かれる。
・邪魔者扱いされる。
・体育のときのチーム決めのときは外れくじ扱い。
など…心が壊れそうになるほど、死にたくなるほど酷い目にあいました。リスカをしたり自殺も何度も考えました。人間不信になりました。
「何で私だけこんなにいじめられるの?」と思い学校や部屋でしょっちゅう泣いていました。
辛いので親の反対を押し切って学校を何日か休んでいたとき、加害者は「あいつ何で来ないんだよ!」と言っていたそうです。
担任も信用できませんでした。
学校を休んでいるときは好きな音楽を聴いたり、好きなテレビドラマや映画を観たりするなど、趣味に没頭していました。それが唯一の心の癒しでした。
中学卒業後、クラスのほとんどの人は地元の公立高校に進学しましたが、私はあえて私立高校に進学しました。
高校に進学してからはいじめられなくなりました。 高3の今、友達は何人かいます。放課後に遊んだり、学校で色々な話をして楽しいです。
友達との共通点は、過去にいじめにあっていて、いじめの辛さを分かっている所です。
今までのいじめの経験を話し合ったとき、気持ちが楽になりました。
たまにいじめ自殺のニュースを見ますが、悲しい気持ちになります。
自殺に追い詰めた人は人殺しと変わらないです。
いじめを隠蔽する学校は非常に許せないです。
あのときは自殺せずにいじめに耐えたからこそ今の楽しさがあるのだと思います。
ただ、心の傷は一生消えません。いじめられたことも忘れることは出来ません。
ただ、間違えてもいじめの加害者にはならないようにしています。
長文乱文ですいません。
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理由は覚えていませんが、席替えで隣の席になった男の子の筆箱が格好いいなあと思って触ったら、「触んじゃねえよ!」とキレられ、そこからいじめに発展していったような気がします。理由なんて何でもよかった、なくたってよかったんだと思います。 いじめの怖いところは、いつまでも後遺症が残ることだと思います。大学生になった現在はもう昔のつらい思い出は忘れ、毎日楽しく充実した生活を送っていますがそれでも死にたいという思いは消えず、時折思い出したように「死にたい」という言葉と一緒にあの頃のような苦しい気持ちが頭を支配するのです。また、小学校4年生という幼い時期にいじめに遭ったため人格がひん曲がり、精神が少し未発達だと言われました。怒りや憎しみの感情が強く、高校生の時はよく学校で癇癪を起こして泣き喚いたりしました(中学の頃は癇癪を起こす元気もなかったです)。担任にはあまり知られていなかったと思いますが、クラスの友達には知られていたと思います。それでも何も言わずに今でも仲良くしてくれる中学・高校の友人には本当に感謝しています。 長くなりましたが、これがわたしのいじめ体験です。何の解決策も変わるきっかけも示せていなくてすみません。ただ、もし同じような体験をしてつらい思いをしている人がいたら、「それはあなただけじゃない、あなただけの痛みじゃない」ということを伝えてあげたいです。 |
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NO3 アップルSさんの体験 1/14日
現在、いじめで苦しんでおられる方へ。 または、それにより自己嫌悪に至り、自殺願望等ある方へ。
どうか私の体験談を聴いてもらいたいです。
自分は小学校、そして高校時代に1年と、計5年が学校へ行くこと
が苦でした。小学生の頃は容姿で、高校時代は陰キャラ扱いにより
完全に孤立してしまいました。
どちらが酷だったかとゆうと。。どちらが同情できますでしょうか?
見てくださった方々に判断してもらおうかな苦笑
小学校の頃はブスがゆえに、まず隣の席の男、後ろの席の男に
蹴られ、それでも気づかれぬよう黙って授業を受けました。
それは怖かったからです、ちなみに隣の男の子は金髪でした。
そしてみるみる集団はみごが始まり、4年間ひとりぼっちでした。
自分の見た目が汚いと、菌扱いも受け、その時点で死にたいなと軽く願うようになりました。
容姿ですが、自分は身体的なからかいは受けたことはなくて
まさに顔、顔面が最悪なのだそうです。
そして親はそれを切実に悩んで、17の時に私は整形手術を受けました。
高校時代は、暴力も派手な嫌がらせもなく
陰口と無視が続きました。私はもう開き直って便所にてランチを楽しみました。暗い北校舎のトイレ。。誰も来ない、担任にも会わない、
これでも、卒業できたらいいんだみたいな。
行事ごとは親に隠れて休みました。
自分は価値ないって、何度思ったことか。
落ちるとこまで落ちました。自傷にOD。。自分を1年ほど痛めつけました。 今でもね、他人なんて信じれないですよ苦笑
私の見方はお母さんだけだって思ってます。
最後、私からのアドバイス?は人間を冷めた目で見ると落ち着きます。人間というか、生きてるものはみんな弱肉強食だから
真剣に考えすぎると自分がつぶれるといいますか。。
まあ自分は人間やってないと思います。
読書も音楽もあまりやらなくて、ぼんやり寝て天井眺めたり
ベランダに出てぼーってしてみたり笑
そしたら何も意識してなくても雨とか、道に咲く花に感動したり。。
自然は癒されますよ☆ ぼんやりできる時間を確保することが大事です。 自殺とか考えたらダメなのは、母親に申し訳ないと自分は思ってるから。みんなお母さんが命がけで生んでくれたのだから、、
願望はあっても実行には移さないでほしいです!
アップルS
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NO2 なるみさんの体験 12/6 こんにちは。以前にも投稿しましたなるみです。過去のいじめ体験がフラッシュバックするので、今回も投稿いたします。激しいフラッシュバックから体調を崩し、判断力が全くなくなったり行動がまとまらなくなったりして、現在は入院しております。その激しいフラッシュバックのことですが、前回投稿した時の先生のことです。 私は母親譲で頭痛持ちで、頭が痛いと訴えることがしょっちゅうでした。先日、気分転換に外出したら人に酔ってしまい、頭痛が起きてフラッシュバックしました。あの先生の顔が浮かび「なるみは、自律神経失調症っていう病気を知っているか?この病気は、性格がおかしくて心がひ弱な人間がなる病気だぞ。お前はいつも頭が痛いって言って甘えるから、心がひ弱で性格がおかしい。お前は仮病を使って甘えようとしてるんだろう!他のみんなはお前よりきつい思いをして頑張ってるんだぞ!お前は全然頑張ろうとしない奴だ。お前はひ弱でおかしいわ」と言う声が聞こえて、頭の中をぐるぐる回ります。仕事も手につかない、運転も危険な状態にまでなってしまい、療養のために入院することになりました。この先生や保育園・小学校・中学校時代のいじめっ子達がいじめに来る夢を見て、目が覚めて呼吸困難になってナースコールすることが毎日です。誰かに助けてもらいたいほど、夜寝ることが怖くてたまりません。入院生活では刃物を持てないのでリストカットは落ち着きましたが、切りたくて狂いそうになることもしょっちゅうです。その先生は私が中学校を卒業してからも私をいじめて喜んでいました。私が大学に入学した時、私はお世話になった先生には挨拶をするのが礼儀だと思い、その先生にも連絡を入れました。すると、その先生の反応は「なるみは頭の悪い大学にしか通らなかったんだね。一人暮らしをするのかぁ。なるみは料理がすごく下手くそだったよね。だから、なるみが料理をする時は調味料を間違えて入れるだろうね。砂糖を入れるべき時に塩をたっぷり入れてまずい料理を作るのね〜。ああ、おかしい。なるみは駄目人間ね。恥ずかしい人間ね」と、私をばかにして大笑いするのです。ありえないと思いました。入院中、母が私の状態を気にして電話をくれたことがあります。その日は天気が悪く、頭痛がしていてフラッシュバックが起きていました。フラッシュバックしていることと、フラッシュバックの内容を母に打ち明けました。小さい頃から私を抱き締めることなどほとんどなかった母が「なるみはひ弱じゃない。乗り越えて生きてきたでしょう。そんなに苦しいことを話せない環境にしてごめんね。気付かなくてごめんね」と言ってきました。とても嬉しかったです。 病院の先生にも、フラッシュバックのことと母の反応のことをお話ししました。話してみたら、少し気持ちが楽になりました。皆さんも、話を聞いてくれそうな人にまず話してみることをおすすめします。とても勇気が必要ですが、本当はすごく心配していても表現できない大人がいるだけかもしれません。「話しても無駄」と思わず、聞いてくれそうと思った瞬間に勇気を出してみてください。 読んでくださった方、ありがとうございました。 NO1 なるみさんの体験 11/1 (いじめ体験9の投稿等もご参照ください) 前回も投稿しました、なるみです。私自身の体験を投稿する中で、助けてもらった体験も書き込みたいと思いますので、全てがいじめ体験にはならないことをまずお断りいたします。 私が苦しむ病気の症状の中には、フラッシュバック、幻聴、幻覚、自傷行為、強迫行為、そして落ち込みや憂鬱感等の情緒面の乱れがあります。私としては、情緒面の乱れからフラッシュバックが起こり、幻覚や幻聴が表れて自傷行為に至ってしまうように感じます。そのフラッシュバックが、過去のいじめのことです。私が中学2年生の頃のことです。担任(女)の先生は、生徒の依怙贔屓が大好きでした。気に入った生徒のことは思い切り可愛がりますが、気に入らない生徒には嫌がらせ行為や人格否定、存在否定などの“ひとりの大人とは思えない”ほどのことをしていました。勿論私は、気に入らない生徒に値していました。例えば、体調が悪い時には、私には「熱もないくせに甘えている」「きつそうな顔して教室に来るお前は最低な人間」「甘え病」「サボリ病」「学校に来る元気があるなら、倒れるまで学校にいたら?」と言って、本当に私が倒れてしまうと「ほらね、やっぱりお前は心も体もひ弱な、最低で情けない人間だね」と言って嘲笑うのです。ところが、気に入った生徒が体調不良を訴えると「あら、今日は相当きつそうね。顔色も悪いし、倒れたらご両親も心配されるから、早く帰って休んでね。無理したらだめだよ」と優しく言うのです。そして、先生自身の体調が悪い時は「なるみ、先生は今日は体調が悪くて仕方ないの。だから、ちょっとの間、保健室で休むから、次の授業の時はしっかりみんなをまとめなさい」と言って、自分にはものすごく甘い人でした。 忘れもしない11年前の秋。丁度今頃のことです。私は美術がとても苦手で、いつも訂正があって授業中だけでは作品を完成させることができず、文化祭や作品展前には残って作品を描いていました。文化祭前も毎日遅くまで残って描いているところ、担任とクラスメイト(気に入られた生徒)の会話が聞こえてきました。「ねえ〜、〇〇さん〜、お願いだから、文化祭の劇で使うものを作って〜」と、担任が甘ったるい口調で言うと、そのクラスメイトは「え〜、嫌だあ〜、そんなことしたくない〜、面倒くさいし〜」と答えました。すると担任は「あら、そう。分かった。そうだよね、面倒くさいよね」と優しい笑顔を向けました。そして、私を見て「ねえ、なるみ、文化祭の劇で使うものを作って」と言いました。私が「先生、すみません。私は、文化祭に出す絵が終わっていないのでできません」と答えると担任は突然私を睨み「なるみ!そんな個人的で自分勝手な言い訳するな!お前個人の能力に関する問題だろうが!絵が終わっていないのは、美術の才能がない証拠だろう!才能がないお前は、最低な人間だ!言い訳する暇があるなら、さっさと劇で使うものを作れ!」と言うのです。私はただ悲しそうに俯き、道具作りに取り掛かりました。担任に、バカにされながら…。 その時の記憶が、ものすごく生々しく頭に浮かび、心身ともに苦しい毎日を送っております。時には、絵を描いている人を見るだけでフラッシュバックすることがあります。自傷行為もしてしまいました。心の痛みや苦しみを、体の痛みで紛れさせようとして…。 職場の同僚は、最近の私の様子がおかしいと感じているようです。「手首、どうしたの?」「痣が多いけど、どこかぶつかった?」そう言って心配してくれます。そして「悩みがあれば聞くよ。楽になりなさい。無理したらだめだよ」と言います。同僚に迷惑をかけたくないというプライドがありますが、一緒に仕事を頑張りたいから優しく声をかけてくれることは伝わっています。性格的になかなか話せないこともありますが、安心して頼ると心が楽になります。 皆さんも、話せる時に少しずつ、安心できる人に悩みを打ち明けると落ち着くと思います。楽になっていただきたくて投稿しました。ありがとうございました。 |